忠清南道(公州市 ) · 観光・文化
公山城(コンサンソン)は、百済時代の文周王1年(475)に、漢山城から熊津に首都を移した後、聖王16年(538)に首都を扶余に移すまでの5代64年の間、都である公州を守るために建てられた城です。史跡第12号である公山城は全長2,660mの巨…
忠清南道(扶余郡 ) · 観光・文化
百済文化の宝庫、扶蘇山と扶蘇山城扶余の市街地の北側に紺碧の林が続く海抜106mの低い扶蘇山が一番最初に目に留まります。扶蘇山には数多くの百済の女性達が花びらが散っていくかのように自らの死で節義を守った落花岩、百花亭、泗沘楼、半月楼、宮女祠、…
忠清南道(公州市 ) · 観光・文化
百済の代表的な遺跡「宋山里古墳」と「武寧王陵」忠清南道公州市にある百済の代表的な遺跡「宋山里古墳(ソンサンニコブン)」の中で、武寧王陵の発掘後25年間は公開されていました。しかし、藍藻類などの微生物の生息や雨漏りなどによって原型を保存するの…