観光/文化一覧

金永甲ギャラリードゥモアク
 
済州道(西帰浦市)
ドゥモアクは筋萎縮性側索硬化症を患い、身動きさえ困難な体で、旧三達小学校を自分でギャラリーに変えてしまった、写真作家の故金永甲氏の情熱と、済州島の静けさと平和を込めた、彼の作品を鑑賞できる美術館です。風のように済州島の表の顔だけを見て帰っていく観光客には、なかなか感じることのできない済州島の美しさが、彼の作品の中にそのまま表現されています。日の出、草原、海、霧、風、空など自然の生命が、感動的な瞬間として作品に宿っています。心の奥の侘しさまで、彼の作品の中で感じることができます。

航空宇宙博物館
 
慶尚南道(泗川市 )
慶尚南道泗川市泗南面にある航空宇宙博物館は、航空宇宙館、自由守護館、野外展示場からなる博物館です。航空宇宙館は、航空技術の発達や各種航空機模型、宇宙に関する展示品などが展示されており、子ども達に航空宇宙産業の夢と希望を与えることを目的に企画されています。自由守護館は、6.25戦争の惨状や国権守護のため国に忠誠してきた国軍の活躍やUN参戦国について知ることができる場所で、グラフィックフォトや遺品、銃器類、軍装類、記念品など約2600点余りが展示されています。野外展示場には、国家の発展に貢献したKAI生産航空機6台(KF-16, SB427, T-50, KUHスリオン、MOCK-UP 4台及びARCH-50無人ヘリコプター2台)、6.25戦争で実際に使われた航空機10台(米空軍・海軍提供5台:B-29, C-124, F-4U4, B-26, F-9J、韓国空軍提供5台:T-6, F-86F, 0-1G, C-47, H-19)を含む実物航空機26台と6.25韓国戦争当時、使われていた戦車3台など、複数の戦闘機が展示されています。 [出所]航空宇宙博物館ホームページ

八堂湖
 
京畿道(広州郡)
八堂湖は京畿道広州市退村面と南終面にまたがる人工湖で1973年八堂ダム完工以後、約2億5千万トンの水を貯水しています。八堂湖にはソウル・京畿地域の水道水の供給場があり、湖畔周辺一帯の湖の絶景と八堂ダムが広州の観光名所となっています。特に八堂湖に沿いの道路はドライブコースとして人気で、八堂展望台からは八堂湖が一望できます。

麗水エキスポ
 
全羅南道(麗水市 )
麗水駅は、全羅線の終点駅として1930年12月25日に光州―麗水間の線路開通と同時に営業を開始しました。1937年5月1日に麗水港駅が設置され日本と連携して営業を開始しましたが、1945年8月15日の光復後、麗水港駅は廃止され日本との営業が中止されました。また、麗水駅は1980年12月27日に駅舎を新築し2009年12月22日まで利用されていましたが、2009年12月23日に現在の駅舎へ移転されました。麗水駅は全羅線の終点駅で、閑麗海上国立公園の始発駅でもあり近隣の順天と麗水国家産業団地および光陽製鉄を結ぶ重要な役割を担っています。2011年10月1日より「麗水駅」⇒「麗水エキスポ(EXPO)駅」へ駅名変更2011年10月5日より韓国高速鉄道(KTX)運行 

清凉山道立公園
 
慶尚北道(奉化郡 )
清涼山道立公園(チョンニャンサン・トリプコンウォン)は昔から高僧と文人が留まった地域。この山は奇岩絶壁が12峰を成し、洛東江が山を囲むように流れています。新羅(57B.C.-A.D.935)の文武王(文武王在位661-681)3年(663年)に元暁大師(元曉大師617-686.3.30)が建てた清涼寺を始めとする寺院や庵、寛倉の滝など数多くの見所があるところです。 清涼山道立公園の岩石の後ろには朝鮮時代の有名な学者・退溪李滉(1501-1570)の「清涼山歌」の詩碑があります。 退溪が儒学を教えた学校である陶山書堂(トサンソダン)を建てる時、この清涼山に建てるか、現在の陶山書堂の位置に建てるか最後まで悩んだとされています。 清涼山は退溪李滉だけではなく新羅時代の僧侶である元暁義湘(625-702)や名筆家・金生(711-791)、学者・崔致遠(857-?)などが訪れ修行した山。そのため彼らにまつわる話が数多く残っており今でも彼らを慕う人々が訪ねてきます。 文化財としては清涼寺と応真殿、また退溪が文人達と講論した場所に弟子が建てたという吾山堂や高麗・恭愍王(在位1351-1374)が紅巾的の乱(農民反乱)の際に作られたという清涼山城などがあります。

務安 回山白蓮池
 
全羅南道(務安郡 )
*東洋最大の白蓮自生地、務安回山白蓮池 * 務安(ムアン)回山(フェサン)白蓮池(ペンニョンチ)は全羅南道(チョルラナムド)務安郡(ムアングン)一老邑(イルロウプ)伏龍里(プギョンニ)にあります。 総面積およそ33万平方メートルに達する回山白蓮池は東洋最大の白蓮自生地として有名です。日帝強占期に農業用水確保のため近隣の住民が血と汗を流し築造したといわれています。しかし現在では栄山江(ヨンサンガン)総合開発計画により農業用水を他の場所から確保できるようになり、白蓮池は本来の農業用水供給の目的としては使われなくなりました。 ありふれた池に過ぎなかったこの池ですが、いまや韓国一の白蓮自生地になったのには故チョン・スドン氏の功績が大きかったと言われています。チョン・スドン氏は韓国戦争(1950~53年・休戦)直後の1955年の夏のある日、子どもたちが見つけた蓮の根12株をこの貯水池の隅に植えました。その前日の晩、偶然、夢の中で空から12羽の鶴が貯水池に舞い降りる光景を見たことを思い出し同じ12が取り持つ数奇な縁があるのではないかと思い、それからというもの熱心に心血注いで白蓮の世話をしたといいます。小さなひとりの偉大な力がこの韓国一の生態公園を誕生させたのです。   * 白蓮地への旅は8月がおすすめ * 務安回山白蓮池の白蓮の花は毎年7月から9月まで咲き誇ります。白蓮の花が満開となる8月には1997年から続く蓮花祭りが毎年開催されています。 蓮花祭りの会場へ向う道のそばにはおよそ9,000平方メートルの広さの水生植物自然学習場もあります。ここには赤い花が印象的な紅蓮をはじめ、オニバス(鬼蓮)、ネムロコウホネ(根室河骨)、スイレン(睡蓮)、 ガガブタ、アサザ、ジュンサイ、ミズアオイ、ミズヒナゲシ、ボタンウキクサなど韓国に自生するさまざまな水生植物を観察できます。また最近では絶滅危惧種の植物であるオニバスが群生していることも明らかになりました。 * 仏教徒が蓮の花を大切に思う訳 * 蓮の花の原産はインドです。韓国にはどのような経路で流入したのかは定かではありませんが、韓国では古の昔から栽培されてきました。 しかし韓国の蓮の花の大部分は真っ赤な花をつける紅蓮で、白蓮はあまり見かけることはありません。ましてやここ務安回山白蓮地のように水面一面に白蓮で覆われる池は他ではなかなかお目にかかれません。 蓮の花は淀んだ泥水の池でも華麗で香り漂う花をつけます。仏教では蓮の花のこのような姿が仏教の教えの根本であるとして仏教を象徴する花となっています。蓮の花を曼陀羅花と呼ぶのもここに訳があるのです。  

清涼寺(奉化)(청량사
 
慶尚北道(奉化郡 )
清涼寺(チョンリャンサ)に向かう道は険しくお寺自体の美しさは特別にありません。しかし清涼山に行けばお釈迦様が羨ましく思えます。何故なら小さい寺から眺める清涼山の景色が素晴らしいという言葉で表現出来ないほどの絶景だからです。清涼寺は清涼山道立公園内の蓮花峰 の麓にあります。新羅(57 B.C.~A.D. 935)文武王(在位 661∼681)3年(663年)に元曉(617~686.3.30)が建てた寺です。現在はとても小さいお寺ですが本来はとても大きなお寺だったそうです。朝鮮時代(1392~1910) に全国の寺刹を統廃合した政策の影響で清涼寺 琉璃寶殿(地方有刑文化財 47号)と応眞殿だけが残っています。法堂には高麗恭愍王(在位 1351∼1374)が書いた扁額が保存されています。

文殊サッカー競技場
 
蔚山広域市(南区)
メイン競技場の形は鶴のイメージで造られており、21世紀の環太平洋に向かって飛躍する産業の首都・蔚山を象徴しています。主な施設としてはサッカー専用競技場、補助競技場、展望広場、湖、プロムナード、噴水台、野外ステージがあります。

弘法寺
 
釜山広域市(金井区)
弘法寺といえば、韓国最大21メートルの座像「金銅阿弥陀大仏」で有名なところです。鉄馬山と金井山に囲まれ、水営江に守られています。寺院内には参禅と座禅を教育・修練するための禅房があるほか、韓国・インド修交40周年を記念してインド政府から贈られたガンジー胸像を有しています。他の寺院では見られない巨大な仏像、インド文化院、寂滅宝宮、美しい庭園のような自然環境といった豊富な見どころがあり多くの観光客が訪れます。

三陟陟州東海碑・平水土讃碑
 
江原道(三陟市)
*陟州東海碑 陟州東海碑の碑文は三陟府使許穆が建てたもので碑の規模は高さ170cm、幅23cmです。1662年に建立された「陟州東海碑」は一名「退潮碑」と呼ばれたように潮流の被害を防ぐために建立され、当初は萬里図に建立されました。 その後、1708年に風と波で碑石が倒れて海に沈んだものを府使洪萬紀が門を見本としてもう1度彫り直し、翌年府使朴乃貞が竹串島の東側に再度建立しましたが、1969年12月6日に現在の位置である六香山の山頂に移動しました。 現在、江原道有形文化財38号として指定されています。