観光/文化一覧

湿地保護地域
 
江原道(華川郡)
「平和のダム」の北側上流地域で烏鵲橋の間にあるヤンイデ周辺湿地には、絶滅危惧種1級指定の4種(カワウソ、山羊、ジャコウ鹿、鷹)と絶滅危惧種2級指定の5種(山猫、テン、チゴハヤブサ、ホソムギツク、サメガシラ)等の野生動物が生息または到来し、保護価値が非常に高い地域です。 韓半島の南北分断により、50年以上もの間自然が手付かずのまま放置され絶滅危機の生態系がよく保存されています。

泉隠寺
 
全羅南道(求礼郡 )
全羅南道文化財資料第35号に指定されている泉隠寺は統一新羅時代に創建された古寺として智異山の西南側に位置しており、大韓仏教曹渓宗 第19教区の本社である華厳寺の末寺として華厳寺、双渓寺とともに智異山3大寺刹の1つに選ばれています。泉隠寺は智異山の中でも特に明るく温かい場所にあり高く深い渓谷から流れ出る澄んだ水が寺の横を流れ、周りは雄大な山々に囲まれています。泉隠寺のもともとの名前は、興徳王3年(828年)にインドの僧侶と韓国の徳雲祖師が寺を創建した当時、境内に露のように冷たく澄んだ泉が湧いていることから甘露寺と呼んでいました。この泉の水を飲むと心(精神)が洗われるといい多くの僧侶たちが訪れたり、高麗の忠烈王の時には「南方第一寺刹」に昇格されたりしました。ところが、仁辰倭乱で寺が燃え改築した際、大きな蛇が泉によく現れ、捕まえて殺したところ泉の水が出なくなったといいます。そこから「泉が隠れた」という意味で名前を泉隠寺に変えましたが、その後も何度も火事と災難にみまわれ、村人たちは寺を守っていた蛇を殺したせいだと恐れました。この知らせを聞いた朝鮮4大名筆の1人である李匡師が、まるで水の流れるような書体で“智異山 泉隠寺”という文字を書き門に掛けたところ火事が起こらなくなったといいます。泉隠寺内には法堂である極楽殿(全羅南道有形文化財 第50号)と泉隠寺極楽殿、阿弥陀後仏幀画(宝物 第924号)があり、また李国師が文字を掛けた門を抜け、独特で趣あふれる垂虹楼を過ぎるなど、お寺を訪ね行く楽しみもあります。

富川植物園
 
京畿道(富川市)
富川市遠美区に総面積27.127平方メートルの広さに地下2階、地上2階規模に珍しい植物たちを見ることができる植物の楽園です。植物園は富川市の象徴である桃の花の形を形象化してガラスの温室で建築されました。5つのテーマの植物館と中央庭園に310種類9,975本が植栽されています。近郊にある自然生態博物館、子ども動物園とともに多様な文化休息空間を提供しています。

清涼寺
 
慶尚南道(陜川郡 )
* 清涼寺の石灯、仏像、石塔が有名な場所、清涼寺 * 伽倻山国立公園の入口、紅流洞の南側の南山第一峰(1,010m)のふもとにある寺院です。清涼寺の建立年代を知ることはできませんが(9世紀頃と推測)、 三国史記に崔致遠(チェ・チウォン)が頻繁に訪れたという記録があり、新羅時代に建てられたと推測されています。 寺の後方にある南山第一峰は山勢の起伏が多様で景観が美しく、清涼寺の石燈、仏像、石塔が仏教美術の3大種類を代表するほどの秀作で、当時の彫刻芸術の極地であると評価されています。 3つの宝物がある清涼寺の見所 大雄殿の前に清涼寺石灯(宝物第253号)、清涼寺石造釈迦如來座像(宝物265号)、清涼寺山層石塔(宝物266号)の3つの優秀な石造文化遺産があります。石灯は鼓腹形で全体的な比率と均衡が申し分なく、華麗な装飾が施されています。石造釈迦如來座像は長方形の座台の上に跏趺座姿勢で座っており、9世紀を代表する仏像として仏身・光背・台座の3つの要素をすべて取り揃えた石仏座像です。細部の表情が生き生きとしており威厳と堂々とした様子をうかがえます。三層石塔は正方形である舍利塔様式にそっていますが、独特な点があります。基壇の周りに長方形の石材で塔区を造り、上下の基壇は上から緩やかな傾斜を描き、屋根石のように反転しています。 [重要文化財] 1) 清涼寺石灯 - 宝物第253号 2) 清涼寺石造釈迦如來座像 - 宝物第265号 3) 清涼寺三層石塔 - 宝物第266号

国立4.19民主墓地
 
ソウル(江北区)
三角山(北漢山)の麓にある国立4.19墓地は李承晩政権打倒を叫び1960年4月19日に起きた4.19革命(民主化運動)の際、犠牲となった224人の合同墳墓です。犠牲となった人々を称える記念塔が建てられ、記念塔の中央には志半ばで犠牲となった人々を讃える碑文がきざまれています。 135,901平方メートルの墓地の境内には松やイブキ、イチイやカエデなどが多く美しい景観で、1,752平方メートルの広さを持つ記念館や韓国式の木造建築で331平方メートルの規模を誇る犠牲者の遺影を祀る遺影奉安所などがあります。 その他、象徴門、民主の根、正義の火花なのど彫刻作品や蓮池があり、歩道のブロックをきれいに敷詰めた散策路や野外ベンチなどもあります。 桜が咲く春、公園から臨む三角山は母親の胸のような温かさと華やかさを同時に感じることができ、夕陽が沈む光景も素晴らしい場所です。  

九龍浦海水浴場
 
慶尚北道(浦項市 )
九龍浦という名前は9頭の龍が天に昇ったという伝説に由来しています。九龍浦の特性は、日陰が多くて平坦な場所が狭く、冬は暖かく夏は涼しい機構で15.8kmの長い海岸線に囲まれています。九龍浦港は水産業が中心で近海漁業が発達し、主にイカやサンマ、ズワイガニなどが多く収穫されます。海岸の景色はとても美しく、避暑地として脚光を浴びている九龍浦海水浴場は浦項から24km、九龍浦邑から1.5km程離れています。半月の形になっている砂浜は長さ400メートル、幅50メートルで多くの避暑客達が訪れる海水浴場です。

浄芳寺
 
忠清北道(提川市 )
錦繍山(1,016m)の山麓である神仙峰(845m)から清風方面桃花里に広がる綾線上に位置した浄芳寺は、新羅文武王2年(662)に義湘大師が建てたお寺で、現在は、俗離山法住寺の末寺となっており、祈りを捧げるお寺として有名です。周辺の景観が素晴らしく、その中でも特に法堂の前から見える清風湖は、世の中の森羅万象を忘れさせてくるほど素晴らしい景色と言われています。また、法堂の屋根の3分の1を岩壁が覆っており、その雄大さと独特な姿は、自然の偉大さをもう一度感じさせてくれます。

尹伊桑記念公園(道泉テーマパーク)(윤이상 기념공원
 
慶尚南道(統営市 )
尹伊桑記念公園は世界的にも有名な尹伊桑を称えるために生家があった統営市道泉洞148番地一帯に建設されました。記念公園は尹伊桑に関連した遺物が展示されている展示室、カフェや記念品ショップ、各種公演やセミナーなど室内イベントが可能なメモリアルホール、野外イベント会場兼広場などがあります。

瑞山 海美邑城
 
忠清南道(瑞山市 )
海美邑城(ヘミウプソン)は、朝鮮時代の代表的な邑城に挙げられています。邑城とは、邑を囲んで建てられた平地城で、海美邑城以外にも高敞邑城、楽安邑城などが有名です。海美邑城は朝鮮成宗22年、1491年に完成した石城で、周囲約1.8km、高さ5m、総面積6万余坪の大きな城で、東、南、西に3つの門楼を持っています。最近は復元作業が進められ、社稷公園が造成されました。この地は、朝鮮末期の天主教徒の殉教聖地として有名な場所です。天主教迫害当時、官庁があった海美邑城では忠清道の各地域で多くの信者たちが捕まり拷問を受けて殺されました。時に1866年の迫害の際には、千余名がこの地で処刑されたと言われています。城内の広場には、大院君報政当時に逮捕された天主教徒が監禁されていた監獄址や、木の枝にぶら下がってひどい拷問を受けた、古いエンジュの木が立っています。城門の外の道路沿いには、エンジュの木にぶら下がって拷問を受けながらも、屈しなかった信徒たちを、石の上に強く打ちつけて殺害した時に使われたという、縄で縛られた石があり、天主教徒の巡礼地となっています。城壁の周囲にはカラタチの木を植え、城を敵の兵士から守ったといわれていますが、現在はほとんどその姿を見ることができなくなりました。