観光/文化一覧

河東 岳陽面
 
慶尚南道(河東郡 )
慶尙南道 河東郡 岳陽面は、韓国の代表的な名山である智異山と、澄んだ水の蟾津江をいだいており、遠くの智異山の三神峯から流れおりる山脈が二つに分かれ、平野と村々を抱きかかえています。河東郡 岳陽面は茶と文学があり、その香りは都市に住む人々に郷愁を思いおこさせます。山の麓にある野生茶畑は1300年を越え、昔から河東の緑茶は王の緑茶として有名でした。また、朴景利の大河小説「大地」の舞台として有名で、崔参判宅、平沙里公園のような有名な名所の他にも隠れた名所や話があります。2001年から毎年秋に「土地文学祭」が開かれ、文化財は河東姑蘇城(史跡第151号)があります。このような点から河東郡 岳陽面は、2009年に煩雑な都心から抜け出し、ゆっくりと生きる事の美学を追求する「スローシティ(Slow City)」に韓国で5番目に指定されました。お茶の栽培地として、世界で初めてスローシティに指定され、河東の緑茶は2009年から世界スローシティ連盟総会の公式指定特産品になりました。

小青島
 
仁川(甕津郡)
「小青島(ソチョンド)」は仁川から西北へ210キロメートルのところにある大青面に属する島で、朝鮮時代・明宗以前までは小岩島と呼ばれていました。海岸線に沿って奇岩怪石を見ることができる他、沖釣りができる地域としてゆったりとした夏を過ごすには最適の場所です。住民のほとんどは漁業に携わる典型的な漁村で、島全体が釣り場として知られています。

龍珠寺
 
京畿道(華城市)
隆健陵を出ると1.7キロメートル地点に森に囲まれた龍珠寺があります。行政区域上は台安邑松山里ですが、隆健陵のある華山の裏の東の麓にあります。ここには元々新羅文聖王16年(854)に廉居和尙の創建した葛陽寺がありました。高麗光宗21年(970)には韓国で初めて水陸齋を開設するなど名の高い道場でした。丙子胡乱の際消失し閉鎖されましたが、正祖が父荘祖の稜を華城に移し、寺を再び願堂としました。 落成式の夜に正祖が龍が如意珠をくわえて昇天する夢を見たことから龍珠寺と名づけたと伝えられています。正祖は龍珠寺を再建する際、父母恩重経を木版に刻み保存するよう命じ、当時最高の画家キム・ホンドに頼んで美しく飾るようにしました。50余りの木版とともに大雄殿横の芝には10に至る父母恩重経を刻んだ塔と石碑が高くそびえています。大雄殿の後仏幀画はキム・ホンドの指揮で描かれた傑作で、正祖大王が植えたという大雄殿前のチョウセンヒメツゲは、樹齢200年を越す天然記念物第264号です。龍珠寺梵鐘もやはり国宝第120号です。* 主要文化財1) 龍珠寺梵鐘 (国宝 第120号) 2) チョウセンヒメツゲ (天然記念物 제264호) 3) 金銅香炉(京畿道 有形文化財 第11号) 4) 青銅香炉 (京畿道 有形文化財 第12号) 5) 龍珠寺上樑文 (京畿道 有形文化財 第13号) 6) 典籍手写本 (京畿道 有形文化財 第14号) 7) 龍珠寺屛風 (京畿道 有形文化財 第15号) 8) 龍珠寺大雄殿後仏幀画 (京畿道 有形文化財 第16号) 9) 佛設父母恩重經板 (京畿道 有形文化財 第17号)

時間を収める a moment in time(시간을 담다)
 
ソウル(中区)
時間を収める・a moment in timeは人物の特長を誇張して描く人物画・カリカチュアのお店。 いままでのカリカチュアとは一線を画し、韓国の伝統衣装、花、ランドマーク(光化門、南大門)、ヘテなどをカリカチュアに加え、観光客の皆さんが韓国で体験した思い出を一枚のカリカチュアで描きます。カリカチュア以外にも伝統民画塗り絵体験などの体験プログラムの実施及びギフト用小物の販売も行っており、店内の全商品すべて当店独自のデザイン商品で、特別な体験ができる場所となっています。

忠義祠
 
忠清南道(礼山郡 )
礼山から北西に23キロのところに位置する忠義祠は、日帝強占期に独立闘士であった尹奉吉義士が生まれ、亡命するまで農村啓蒙と愛国精神の高揚に努めたところで、尹義士の義挙や愛国心を称えるために1968年に設立されました。毎年4月29日には尹義士の愛国心を記念して梅軒文化祭が開かれています。尹義士の貴重な遺品は記念館に展示されており、宝物第568号に指定され、保護されています。

国立山陰自然休養林
 
京畿道(楊平郡)
京畿道の楊平郡にある山陰自然休養林は、2,140haにもなる広大な地に生い茂る森です。所々に美しい渓谷があり、素晴らしい景観が自慢です。林道、ウッドデッキ、ウォーキングコースがきれいに整備されており、自然休養林内のトイレや流し台、シャワー室などの施設も整っています。デッキの数も多く、キャンプ族からの人気を集めています。また、「森体験教室」が開かれており、解説者の説明を通して、森に関する様々な情報を知ることができます。休養林内にある森の中の家(32,000ウォン~70,000ウォン)、休養館、修練場(32,000ウォン~55,000ウォン)、野営デッキ(4,000ウォン)などの利用をご希望の方は、前月3日に先着予約となっています。+82-31-774-8133 (韓国語)

聞慶儒教文化館
 
慶尚北道(聞慶市 )
聞慶儒教文化館は、聞慶セジェ道立公園入口の聞慶陶磁器展示館のすぐ横にあり、儒教文化を一目で見られるように作られた展示館です。 聞慶儒教文化館は、地上2階の建物で総4つの展示室と儒教文化体験室、資料室で構成されています。 第1展示室にはソンビたちの生活空間として、詩・書・画の産室であるサランバンを通じてソンビ文化を垣間見ることができ、第2展示室では閨房文化の代表的なシンボルであり、韓国のむかしの上流女性の手並みを見ることができる刺繍を始めとした針仕事が、第3展示室には聞慶の儒教文化をテーマにした地域出身儒教学者の紹介や著書などを展示してあり、書壇を再現した模型物が設置されています。 ソンビたちの風流文化をテーマにした第4展示室は、聞慶の儒教文化と聞慶の歴史、舟巖亭と郷飮酒礼の模型もあります。 特に儒教文化館の儒教文化体験室には木板印刷と卓本体験ができ、観客にソンビの姿を垣間見ることができる経験ができるでしょう。 また展示館の近くには聞慶多目的オートキャンプ場、聞慶セジェ道立公園(ドラマ大王世宗撮影場)、聞慶セジェ博物館、石炭博物館、陶磁器展示館、聞慶温泉など多くの観光地があります。

中央塔公園(忠州)
 
忠清北道(忠州市 )
* 中原塔坪里七層石塔のある市民公園、中央塔史跡公園 * 国宝第6号である中原塔坪里七層石塔は韓国の中央にあるということで中央塔と呼ばれています。この塔は統一新羅時際(9世紀中ごろ)に建てられたとされ、高さ14.5mの唯一の7層石塔です。中央塔周辺には彫刻公園が造られ、「文化財と湖畔芸術の出会い」というテーマで国内の彫刻家たちの作品26点が展示されている忠清北道最大の野外彫刻公園です。 * 忠州市民の憩いの場、中央塔史跡公園 * 史跡公園は市民たちの公園として彫刻物や散策路、忠州博物館や野外博物館、音楽噴水、中央塔、簡易噴水などがあります。このような施設を基盤に中央塔史跡公園は忠州の市民たちの憩いの場、子ども達の学びの場として発展しました。また、中央塔公園の北側には忠州調整池ダムがあります。  

太和江
 
蔚山広域市(中区)
蔚山市を東西に横断する太和江は、迦智山サルパウィ、白雲山タプコルセムなどで発生し、蔚山市街地を過ぎ、東海の蔚山湾に向かって流れる長さ47.54㎞の川です。蔚山市民と歴史を共にし、蔚山の誇りであり、大切な河川です。 太和江は蔚山が開発される前は、1級水の川でアユやサケなどが集団で生息していた澄んだ川でしたが、産業化が進み、各種排水で汚染され、段々と市民から目をそらされるようになっていました。その後、太和江を生き返らせるプロジェクトが進められ、今の姿に戻りました。 太和江には蔚山の象徴である鯨と白鷺の形状を象徴的に表現した、非対称構造の「十里竹田橋(太和江の橋の中の一つ)」と渡り鳥や太和江の自然観察ができる「太和江展望台」があります。また、テスプ公園、芝生、散歩道、体育施設などの便利施設が設けられており、市民の憩いの空間として、多くの人々に愛されるだけでなく、美しい自然の姿を保った渡り鳥の生息地としての位置を確立しています。 この他にも、上流流域の迦智山一帯は、都立公園に指定されており、周辺に多くの文化遺産が散在しています。

安東君子マウル
 
慶尚北道(安東市 )
烏川遺跡(オチョンユジョク)は光山金氏礼安派の初代金孝盧が村を開いて以来600年にわたり子孫たちが暮らしてきた村の遺跡で、1974年の安東ダムの建設工事のため礼安面烏川洞から臥龍面烏川里へと移されました。濯清亭と後彫堂は国指定の文化財です。遺物展示館である崇遠閣にはこの家門の人たちが残した貴重な文書や戸籍類、土地証文、奴婢にまつわる文書などが展示されています。このうち7種429点の古文書と13種61点の典籍は宝物に指定されています。 濯清亭 1541年に建てられた光山金氏礼安派の宗宅(本家)に付属する亭。家屋に付属する亭としてはとても男性的で堂々としており重要な文化財です。朝鮮時代の三大名筆の一人である韓濩の書による額がかかっています。 後彫堂 光山金氏礼安派の宗宅(本家)の離れ。建築の年代は正確にはわかりませんが、金富弼(1516-1577)により建てられたものです。一般に離れは外離れと内離れに分けられますが、外離れは主人の休憩や社交の場、内離れはおばあさんや適齢期の娘たちが寝起きする場所でした。後彫堂は外離れになります。