観光/文化一覧

盤亀台
 
蔚山広域市(蔚州郡)
秀麗な山と渓谷、そして奇岩怪石が調和を成しており、その姿がまるで1匹の亀が腹ばいになっているように見えることから「盤亀台(パングデ)」と呼ばれており、その近くには先史時代の遺跡である国宝第285号の盤亀台岩刻画があり、美しい自然景観と共に歴史を感じられる場所です。  

求礼 雲鳥楼
 
全羅南道(求礼郡 )
全羅南道求礼郡土旨面五美里に位置する雲鳥楼(ウンジョル)は、重要民俗文化財第8号に指定されています。 1776年、朝鮮第21代王・英祖の時代に三水府使だった柳爾冑が建てた家屋で、元々78間ある豪邸でしたが、現在は63間が残っています。雲鳥楼の宅号は「雲の中の鳥のように隠れて住む家」という意味で、陶淵明の「帰去来辞(官を辞して帰郷し、自然を友とする田園生活に生きようとする決意を述べたもの)」という七言律詩から頭文字だけを取ったと言うことです。

順天支石墓公園
 
全羅南道(順天市 )
松光面の住岩湖畔に作られた支石墓公園は住岩ダムの建設(1984~1991)によって水沒地域にあった先史遺跡を一箇所に集め復元した所です。 この地域に散在している多くの文化遺跡を保存、継承するために発掘調査を実施した結果、旧石器遺跡4ヶ所、集落地4ヶ所(200基)、支石墓24ヶ所400基、白磁陶窯地1ヶ所、立石4基が発掘されました。 その中で代表的な支石墓郡を移転、復元して子孫たちの歴史教育の場と住民の憩いの空間として活用するため、18,000坪余りの敷地上に公園を作ることになりました。 ここには、支石墓140基余りと先史時代の穴蔵6棟、旧石器時代の家屋1棟、北方的な形の支石墓5基、ソッデ、立石が展示された野外展示場と、支石墓から出土した遺物を展示した遺物展示館、全南地方の墓祭の時代別変遷と映像室を兼ねた墓祭展示館で構成されていて、公園一円が全羅南道の文化財資料第154号に指定されています。

花石亭
 
京畿道(坡州市 )
花石亭は元々高麗末の儒学者であった吉再が、官職をやめて郷里に帰り後学を養成した所でしたが彼の死後、彼を追慕する意味を込めて建てられた書院です。その後、手付かずのまま一時廃墟になりましたが康平公 李明晨が世宗25年(1443年)に東屋を建て、1478年に李宜碩が修理し李叔咸が花石亭と命名した由緒正しい場所と言われています。花石亭の周辺にはケヤキの木が鬱蒼と生え、その下を流れる臨津江には朝夕船が通ったり、夜には漁業する灯火が美しかったと言われていますが、現在は臨津江に鉄格子があるため遮っており、今も残るケヤキだけが当時の様子を寂しげに物語っています。

寧国寺(永同)(영국사
 
忠清北道(永同郡 )
寧国寺は忠清北道と忠清南道との境界にある天台山(海抜714.7m)の山奥にあります。創建の沿革ははっきりしていませんが新羅末期の禅宗と関連して創建されたものと推測されています。高麗時代に大覚国師義天の天台宗を継承した園覚国師の頃に繁栄し始めました。その後、朝鮮時代前期まで繁栄しましたが朝鮮の仏教を抑圧する政策により、その勢いは衰え始めましたが名寺としての名目を保ちました。しかし20世紀始め頃、廃寺寸前まで萎縮しました。1943年に朱奉祖師の再建により、現在に至っています。現在の寧国寺には宝物として園覚国師碑と寧国寺浮屠、大雄殿前の寧国寺三層石塔と望塔峰三層石塔があります。また、地方有形文化財として大雄殿をはじめ、石鍾型浮屠と円球形浮屠などがあります。現存する建物としては大雄殿以外に寮舎と山神閣および楼閣があり、付属の庵子としては桂月庵があります。

密陽駅
 
慶尚南道(密陽市 )
1905年1月1日に慶釜線開通とともに営業を開始、1982年12月28日に瓦葺の韓屋の構造をしている駅舎が築造されました。駅舎の屋根は伝統家屋の形式である瓦葺を利用し、地上2階地下1階建ての建物で忠と孝を重要視した密陽市のイメージにぴったりです。また、駅舎まえの広場は密陽市民だけではなく観光客達が楽に休むことが出来る美しく快適な空間です。密陽駅は釜山を除外した慶尚南道唯一のKTXの停車駅で馬山、昌原、などの旅客の長距離旅行の起点にもなっています。

紅島
 
全羅南道(新安郡 )
紅島(ホンド)は木浦港から西南に115キロ離れたところに位置する島。20余りの島によって構成され、海岸線は20.8キロ、赤褐色を帯びた岩島です。夕日の時に島全体が赤く見えることから紅島と呼ばれるようになり、様々な形の岩石と削られたような絶壁、また三十三景と数えられる中でも紅島十景は美しく、南門岩、石花窟をはじめ、紅島の美しい風景を海上遊覧船に乗って見ることができるようになっています。またこの島には270種の常緑樹と170種の動物が生息しており、1965年に紅島一帯を天然保護区域に指定しました。チョウセンマツやクリなどの森があり、韓国の野生ランである大葉風蘭の自生地としても知られています。このように紅島は島全体が天然記念物に指定され、村以外の山には入ることができません。石ころひとつ、草ひとつかみさえも採取・持ち出しが禁止されており、違反時には罰金が課されるので注意が必要です。

浮石寺
 
忠清南道(瑞山市 )
忠清南道瑞山島飛山の麓にある浮石寺は、忠清南道文化財資料第195号に指定されている新羅時代の寺院です。 瑞山浮石寺は、 慶尚北道栄州にある同じ寺名の浮石寺ほど有名ではありません。規模が小さく、歴史的記録は多くありません。新羅文武王17年(677年)義湘大師によって建てられ、その後、朝鮮時代に無学大師が立て直しました。 1330年に浮石寺で造成された美しい金銅観音菩薩坐像が、現在日本の対馬島観音寺にまつられています。 現在、浮石寺に現存する建物で大きい法堂である極楽殿を中心に、寮舍寨(僧侶が生活する建物)である牧竜荘と尋剣堂が並んでおり、向かいには安養樓があります。また、法堂の左側に行くと山神閣があり、浮石寺の庭先から島飛山の登山路入口付近に石塔が立っています。 島飛山頂上まで上がると、看月島と安眠島を越えて広がる西海と内陸の伽揶山が眺められる美しい景色を楽しむことができるため、多くの観光客たちから脚光を浴びています。

銀海寺(永川)(은해사
 
慶尚北道(永川市 )
慶尚北道永川市八公山に位置している銀海寺は、大韓仏教曹渓宗第10教区本寺で桐華寺と共に八公山を代表する寺院です。 新羅憲徳王1年(809年)に恵哲国師が、海眼坪に創建し、最初は海眼寺と呼ばれていました。その後、高麗と朝鮮時代を経て数回にわたって再建しながら、1546年(明宗1年)に今の場所に移し新築されました。この時、法堂と碑石を建てて朝鮮仁宗の胎室を封じて銀海寺と改称されました。 現在境内には、大雄殿と宝華褸、説禅堂、尋劔堂などと百百興庵、中巌庵を始め8つの附屬庵子(庵子,大きなお寺に付いた小さな寺)があり、韓国仏教の専門教育機関である銀海寺僧家大学院があります。主な文化財としては、国宝第14号の居祖庵霊山殿と宝物第790号の百興庵極楽殿と院中にある宝物第486号須彌壇、第514号の雲浮庵青銅菩薩坐像、第1270号銀海寺掛仏幀(絵で描いて壁にかけておく釈迦の姿)などが所蔵されています。 また銀海寺と隣近地域の文化財を展示している城堡博物館があり、これ以外にも中央岩の極楽窟(華厳窟)、ゴンドル岩、万年松と寄寄庵の将軍水及び安興瀑布などがあり、名勝地としても有名です。