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仁川(江華郡)
東光織物生活文化センター
かつての織物工場が今、魅了の観光地「東光織物生活文化センター」として輝いています! 昔、風の音しか聞こえなかったこの場所が、今やインチョン江華郡の最も注目される観光スポットとなっています。古き良き織物工場をリノベーションして展示場やブックカフェ、体験スペース、そして駐車場を備えた新しい空間へと生まれ変わらせました。この取り組みで、旧市街に新しい息吹が吹き込まれました。 1963年、東光織物は江華郡で大きく展開し、一時期200人以上のスタッフがここで活動していた、その時代の象徴的な企業でした。そして現在、江華郡は32億ウォンを投資して、東光織物の歴史を感じることのできるスペースを創り上げています。 60~70年代、東光織物は江華島の黄金時代を共有した名門の織物工場でした。その後、織物産業の変遷とともに一時は静かになりましたが、2022年に都市再生の一環として、「東光織物生活文化センター」として再び生まれ変わりました。入場は無料、ただし、月曜日は定休日です。 朝陽紡織や江華ソチャン(小倉)体験館と並ぶ、韓国近代織物産業の歴史と文化を堪能することができる場所となっています。SNSでもこの場所の魅力を共有する人々の声が絶えません。 韓国旅行を考えている方、是非インチョンの江華島を訪れ、韓国の深い伝統と魅力を体感してみてください。心からおすすめします! 今、韓国の歴史と感動の旅へ!東光織物生活文化センターで、新たな発見をしませんか?
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慶尚北道(安東市 )
陶山書院
陶山書院(トサンソウォン)は1574年宰相だった李滉(イファン)の学問と徳行を追慕する弟子達と儒学者達が中心になり建てられた儒学学校です。建築物の構成の面で見ると大きく陶山書堂と陶山書院に区分されます。1951年、李滉はこの地に移り住んだ後、弟子の育成のための学校である学校陶山書堂を直接設計して作りました。このとき、学生たちの寄宿舎として隴雲精舍と奴婢たちの住居である下庫直舍も一緒に作りました。1570年に李滉が亡くなると、2年後の1572年には位牌を尚徳祠(宝物第211号)に祀ることが決まりました。弟子たちは祠堂に李滉の位牌を安置して祭祀を行った後に典教堂(宝物第210号)と東西斎を建て書院として完成させました。書院が完成すると宣祖が陶山書院に扁額をくだしました。
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済州道(済州市 )
タランシオルム
済州市舊左邑細花里に位置したタランシオルム(月郞峰)は、海抜382.4mの寄生火山の一つです。城山日出峰と牛島を近くに見ることができるだけでなく、海岸や漢拏山、その他たくさんのオルム(小さな火山という意味の済州方言)を眺られる場所です。南北に長い楕円形で四面が急斜を成し、北側は平らで頂上には峰があります。オルムの頂上に深くくぼんだ円形の噴火口が残っていますが、これは他のオルムに比べ最も円形に近い形をしています。これが月のように丸く見えるため「タランシ(月と山)」と呼ばれるようになりました。オルム頂上の周りには木がぽつぽつと立っており、オルムのふもとには杉の木が生えています。そのほとんどが草地で、ヨメナのような草地植物も育ちます。タランシオルムの東にある低いオルムは「アックンタンシオルム(小月朗岳)」といいます。「アックン」とは小さいという意味の昔の済州方言です。毎年「月朗峰日出祭り」が開かれるタランシオルム(月郞峰)は、名前からもわかるように噴火口から満月が昇るという壮大なお月見のことです。ここには月朗峰に登るための木の階段が設置されており、オルム観光やパラグライダーも楽しむことができます。山火事防災期間(春:2月1日~5月15日 / 秋:11月11日~12月15日)には入山が統制されるため、事前に邑事務所に確認してください。※ 舊左邑事務所 +82-64-783-3003
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京畿道(華城市)
龍珠寺テンプルステイ
京畿道 華城市 松山にある龍珠寺(ヨンジュサ)は、「孝」を知ることをテンプルステイの目的としています。 龍珠寺のテンプルステイは、お寺での伝統文化体験を通して韓国の文化と精神を理解することができ、さらに家族の意味とその大切さを理解することができます。
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江原道(楊口郡)
パンチボウル
楊口郡北東側約22kmの亥安面に位置した、海抜400~500mの高い地帯に発達した盆地です。 その周囲がまるでフルーツポンチ(Punch)の器(Bowl)の様だったため、このように呼ばれ始めました。 このような特殊な地形になった理由に関し隕石衝突説や差別侵食説がありました。 しかし隕石の破片などは発見されておらず、またパンチボールの花崗岩は長石71%、石英22%、雲母5.7%で構成され、長石は石英や雲母に比べてはるかに風化度が高く、常温でも急速に粘土化されるため、風化抵抗性が強い現在の高い地帯より低地帯が先に侵食されてこのような特異な盆地形態を作ったと考えられ、侵食説が有力だと言われています。 江原道楊口郡亥安面は韓国で唯一南北の統制域内にある居住地域で現在6つの集落に470世帯1,700人余りが居住しています。 大岩山をはじめとするこの一帯は韓国戦争(朝鮮戦争)当時、パンチボール戦、兜率山戦、カチル峰戦があった激戦地で現在戦跡碑がいくつも立てられています。 また今でもあちこちに「地雷」という札があり、当時の状況を物語っています。 戦時中は激戦区だったパンチボールと大岩山も休戦後、民間の出入りが統制され自然環境がそのまま残り、天然記念物のオオイワナなどをはじめサギ草や毛氈苔(モウセンゴケ)など多くの貴重な動植物が生息しています。 海抜1,300mに残る韓国唯一の高層湿原である龍沼は数千年前の生態系を今も保ち、現在自然生態系保護のため天然記念物246号にも指定されています。 またこの地域は地帯が高い盆地形態をしているため、高品質の高冷地野菜やユリの花の生産地 としても有名です。 盆地の北西側には1990年3月に発見された第4トンネルが位置し、第1、2、3トンネルとは異なり電車に乗車し観覧することができます。 韓国の最前方カチル峰の尾根にある乙支展望台は金剛山や昆盧峰など内金剛の4つの峰を見ることができる保安教育の場として重要な役割を果たしています。 第4トンネルは個人での見学には事前の手続きが必要なエリアですが、シティツアーに参加すればガイドが手続きを代行してくれます。
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済州道(西帰浦市)
済州国際平和センター
韓国政府によって「世界平和の島」にと指定された済州が、平和を実践することになった歴史的背景と平和実践事業、未来に対するビジョンなどを広く知ってもらおうと建てられたセンター。この済州国際平和(チェジュ・クッチェピョンファ)センターには世界首脳との南北平和実践と交流活動、ノーベル平和賞受賞者、韓国の地位を高めた人物など多彩な展示があり、特に第3展示室ではマザーテレサ、マハトマ・ガンジーなど世界的な人物のほか、ペ・ヨンジュンやイ・ビョンホンなど韓国の芸能人のろう人形も展示されています。<展示内容>・第1展示室:済州の平和精神の背景、国際自由都市推進、済州の文化遺産、済州を訪問した各国首脳の訪問記録などㆍ第2展示室:世界平和指数、済州の平和実践事業、南北交流協力、韓日ワールドカップ済州での平和実践ㆍ第3展示室:31の韓国史の人物と蝋人形展示館
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慶尚北道(浦項市 )
ポスコ歴史館
浦項の象徴、POSCOの過去と未来 韓国の鉄鋼産業の歴史は、韓国の飛躍的な経済発展期と時を同じくします。 ポスコ(POSCO)歴史館では単なる一企業の足跡を越え、浦項の発展、そして韓国の産業の発展の姿を垣間見ることができます。 展示は紀元前4,000年前の鉄器時代から始まりスケールも幅も広く、中でも何もない土地に浦項製鉄所を建設するためぽつんと建てられた建設事務所、その姿が砂漠の狐と恐れられたドイツのロンメル将軍の司令部を思い起こさせることから通称ロンメルハウスと名づけられた建物は細部に至るまで考証し当時の面影そのままに再現され歴史館内に展示されています。
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世宗市
黄龍寺
黄龍寺(ファンニョンサ)は韓国仏教の太古宗に属する寺院で、創建については正確に知られていません。朝鮮中期の党争を避け、都落ちした黄喜(1363~1462年)の子孫が国の太平聖代と家門の繁昌を祈るための願刹として創建したと伝えられています。その後、黄喜の子孫が代々寺院を続けてきましたが、ある時期から頹落して廃墟となったとされています。
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慶尚南道(巨濟市 )
玉浦大捷記念公園
壬辰倭乱(1592年から1598年まで日本の侵略により起こった朝鮮と日本の戦争)の時に日本の侵略に真っ向勝負した李舜臣将軍(1545-1598)の勝利を記念するべく造られた公園です。李舜臣将軍は巨済島玉浦湾で日本の船50隻のうち26隻を撃沈しこの海戦(玉浦海戦)を勝利に導き、その後の戦いに大きな影響を与えました。玉浦海戦での勝利を記念し李舜臣将軍の愛国精神を継承しようと玉浦大捷記念公園(オッポデチョプ・キニョンコンウォン)が1996年6月に造成されました。公園には記念館、祀堂、記念塔、玉浦楼などがあります。記念館には壬辰倭乱当時の亀甲船の模型、当時の朝鮮の大砲や刀などの武器、李舜臣将軍の遺物などが展示されています。祀堂には李舜臣将軍の肖像画があり、高さ30メートルの記念塔とその隣にある玉浦楼に上がれば周辺の海岸は言うまでもなく巨大な大宇造船所の姿までを見ることができます。公園を海側に下っていくと赤と白の防波堤がありその先には大宇造船所がありますが、近年観光客が増加し安全上の配慮から現在防波堤への出入は禁止されています。
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蔚山広域市(蔚州郡)
蔚州川前里刻石
岩や大きな岩壁、洞窟の中の壁面などに彫る、削る、漆を塗りつけるなどの技法を使い描かれた絵を岩刻画(アムガッカ)といいます。 岩刻画は、旧石器時代後期の遺跡でも発見されましたが、典型的な事例は新石器時代および青銅器時代の遺跡から主に発見されます。大部分の岩刻画の場合、豊穣や多産を祈願する祭儀の様子が描かれていると解釈されています。ここの岩刻画は、上部に鹿をはじめとする数種類の動物と様々な幾何学模様が刻まれており、下部にはいくつかの銘文と人間、動物の姿などが刻まれています。描かれている事物の内容から、新石器時代から青銅器時代にかけて作られたもので、当時の豊穣儀式に関する内容が込められていると解釈されています。また、下部の騎馬行列や船による航海の様子、龍、馬、鹿、300あまりの銘文は、三国および統一新羅時代の人々が残したもので、新羅の人々は三国時代以降、この地を聖地として考えていたことがうかがい知れます。
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