観光/文化一覧

楮島(タクソム)(저도(딱섬))
 
慶尚南道(泗川市 )
泗川項で北西へ4㎞の海上にあり、近くに馬島・勒島などがあります。地名の由来については島にヒメコウゾが多くて楮島といったという説もあり、島の形が鶏に似ていて「タルクソム」と呼んでいたのがタクソムに変音し、また漢字で表記して楮島になったという説もあります。

伽倻山(瑞山)(가야산(서산))
 
忠清南道(瑞山市 )
伽倻峰(677.6m)を中心に、元曉峰(677m)、峨嵋峰(621.4m)、日楽山(521.4m)、水晶峰(453m)、牙王山(307.2m)などの峰がつながっていて多様ながらも難しくない登山路があり、老若男女誰でも登山を楽しむことができます。また、頂上からは西海が見え、春になるとツツジとレンギョウ、野生花が咲きます。 百済時代の磨崖石仏の最高の傑作であるとされている国宝第84号瑞山磨崖三尊仏像をはじめ、普願寺址、開心寺、日楽寺などが伽倻山にあります。また、国宝1点、宝物6点、その他文化財4点をはじめ、各種文化財があります。

ピドゥルギナン瀑布(비둘기낭폭포)
 
京畿道(抱川市 )
天然記念物第537号に指定されているピドゥルギナン瀑布は柱状節理と清流が美しい滝です。神秘的な雰囲気があり、様々な時代劇やドラマのロケに使われています。玄武岩が侵食されてできた峡谷で、仏舞(プルム)山から流れる仏舞川の末端部に位置しています。ピドゥルギナン(鳩の嚢)という名前は、周囲の地形が鳩の巣のように丸くぽっかりと空いた袋状の地形をしていることから付いたという説と、昔から鳩が滝周辺の洞窟に生息していたことから付いたという説があります。なお、雨が激しい日は滝までの道が通行禁止となります。

統営市民文化会館(통영시민문화회관)
 
慶尚南道(統営市 )
市民文化会館は近接する南望山彫刻公園とも良く調和を成しており、各種公演や展示を通して優れた作品を共有すると共に、地域の文化芸術に携わる人々と市民たちに創作の空間を提供することをもって、名実共に文化と芸術の場としての地位を確固たるものとしている多目的文化空間です。

自由の橋(坡州)(자유의 다리(파주))
 
京畿道(坡州市 )
臨津閣(イムジンガク)広場前の望拝壇(マンベダン)後方にある橋・自由の橋(チャユエタリ)。 1953年、韓国戦争(1950~1953年・休戦)で捕虜となった1万2,773人がこの橋を渡り南側へ帰還したことから、「自由の橋」と言われています。 元々ソウルと新義州(シニジュ)を結ぶ京義線(キョンイソン)の鉄橋で、上下それぞれ1本ずつの橋がありましたが、韓国戦争中の爆撃により破壊され、橋脚のみ残っている状態でした。 北に捕らえられた戦争捕虜を帰還させるため、臨津江(イムジンガン)下流(西)側の下り線にあった橋の橋脚に橋桁を架け、橋板を置いて復旧させ、この仮設の橋を完成させました。 当時、捕虜らは車で京義線のこの橋の北端までやってきて、歩いてこの橋を渡って南側へ戻ってきたといいます。 自由の橋は全長83m、幅4.5m、高さおよそ8mの規模を誇る橋です。 自由の橋は当時、木材を組んで造りましたが、特に荷重がかかる部分は鉄材も使いながら造りました。 仮設の橋であったため、建築的観点からはあまり素晴らしい点はありませんが、「自由への帰還」という象徴的な意味において、韓国戦争を代表する戦争遺産と言えるべき橋です。 以前は外国人向け板門店(パンムンジョム)ツアーのバスがこの橋を通過して板門店に向かうなどしていましたが、現在では再び鉄道橋として復活し、線路が敷設され、川向こうの都羅山(トラサン)駅まで行くことができます。

鳥安(スローシティ)(조안 [슬로시티])
 
京畿道(南楊州市)
鳥安(チョアン)は2010年11月に首都圏で初めてスローシティとなった場所です。八堂から楊平から大成里みに続く南漢江沿いに自転車道路があります。また、雲吉山駅から馬鎮山城、水鍾寺、松村独立公園を過ぎてスローシティ文化館を見るコースがあります。鳥安面には12の村があり、有機農で栽培されたイチゴや梨、稲と萩で作られ工芸品が特産物として有名です。

弘大ストリート美術 (Street Art Exhibition)
 
ソウル(麻浦区)
弘大周辺の街は「ストリート美術」で有名です。美術大学として名高い弘益大学の学生らが、大学付近の塀や道に自由に絵画を描きはじめ、その後、数多くの画家がこれに賛同するようになりました。弘大「ストリート美術展」は、1993年以降、毎年弘大美術学生が中心になって開催する代表的な文化芸術イベントです。新しいストリート美術とインスタレーション、参加美術、多彩なパフォーマンスが同時に催されます。ストリート美術展は韓国の若い画家の活力と実験性、チャレンジ精神に接することのできる特別な美術イベントかつ総合芸術祭です。

慶南道立美術館(경남도립미술관)
 
慶尚南道(昌原市 )
慶尚南道昌原市義昌区にある「慶南道立美術館」は、2004年6月23日にオープンしました。地上4階、地下1階からなる建物で、展示コーナーや学術的研究施設、教育施設などが完備されています。

ソウル 高麗大学校本館(서울 고려대학교 본관)
 
ソウル(城北区)
この建物は高麗大学校の前身である普成専門学校の本館として建てられました。普成専門学校は韓国人の手によって設立された韓国最初の近代的高等教育機関というべき学校です。 1905年大韓帝国内蔵院卿(大韓帝国皇室の財産を管理する組織のトップ)を歴任した李容翊(イ・ヨンイク)が教育救国の理念の下、礴洞(パクトン)現在のソウル特別市鍾路区寿松洞にあった露語学校があった場所に法律と実業教育を目的に開校しました。1910年には天道教から買収し、現在のソウル市鍾路区安国洞の場所に2棟の木造校舎を建て、法科と商科の専門課程を開設しました。 しかしながら財政難に陥り、実業家の金性洙(キム・ソンス)が1932年この学校を買収、1933年現在のソウル市城北区安岩洞の地に移転しました。 本館の建物は図書館とともに安岩洞に学校が移転し建てられた代表的な建物です。日帝強占期も中央高等学校本館などの創意的な作品を発表した朴東鎮(パク・トンジン/1899-1982)が設計、日本人の藤田幸次郎が施工を担当しました。 1933年9月に着工、1934年9月石造鉄筋コンクリート造の3階建て建物が竣工しました。平面は中央部を中心にして左右の翼のようになった部分が短く処理されたH字型の完璧な左右対称をなしています。建物には花崗岩を建材に使っています。内部にはスチーム暖房や水洗式衛生装置を兼ね備え、当時としては最新式の施設でした。 解放後の1946年8月には政法、経商、文科3つの単科大学に8つの学科を編成した総合大学に昇格、改編し、高麗大学校という校名に変更しました。 ※面積- 3,223平方メートル ※所有者 - 学校法人高麗中央学院

山地灯台(산지 등대)
 
済州道(済州市 )
1916年10月に無人の灯台として初めて点灯された山地灯台は1917年3月に有人灯台に変更され、1999年12月に現在の形に新しく灯塔を新設しました。山地灯台の灯塔は白色円形コンクリート構造で高さは18メートルです。2002年12月に国内技術で開発した高光力回転式大型照明機に取り替えられて15秒に1回ずつ光り、その光は48m先まで届きます。山地灯台周辺は広い海とサラ峰が広がっている景観の美しい場所で都心からも近いので幼稚園生から高校生まで、灯台探訪を兼ねた体験学習上として脚光を浴びており、灯台としての役割だけではなく、観光資源としても重要な役割をしています。 * 最初の点灯日:1916年10月 * 構造:白色円形コンクリート造り(18m) * 灯質:閃白光15秒1閃光 (FIW15s) * 特徴:済州島の関門である済州港 の後方にあるサラ峰の中腹に設置されている灯台で済州北部の』沿岸を航海する船舶の指標の役割をしています。宿泊施設があり、体験学習場として人気が高く、年中利用客の足が途絶えません。