観光/文化一覧

統営大橋(통영대교)
 
慶尚南道(統営市 )
慶尚南道(キョンサンナムド)統営市(トンヨンシ)堂洞(タンドン)~ポディソム~美修洞(ミスドン)を結び、 統営(トンヨン)運河を跨ぐ全長591m、幅員20mの統営大橋。 統営大橋のアーチ区間には照明設備を設け、夜になると、柔らかい温かなブルー系の光でライトアップされます。 ライトアップされたアーチ橋は水面に映り、橋のアーチと重なりラグビーボールのような素晴らしい夜景を見せるなど、統営の新たな夜間観光スポットとして、そしてロマンチックな散策の場として注目を集めています。

清道ワイントンネル(청도 와인터널)
 
慶尚北道(清道郡 )
清道ワイントンネルは、使われなくなったトンネルを再利用し、地元・清道(チョンド)の特産品で通常の柿より平たい盤柿(パンシ)を原料にして醸造したワインの熟成場所やカフェとして利用しているところです。 ワイントンネルは全長1.01km、高さ5.3m、幅4.5mの規模を誇り、15万本を超えるワインを貯蔵・熟成しています。 外気温に関係なく、一年を通じて摂氏15度、湿度70%から80%を維持し、ワインの熟成及び貯蔵に最適な環境となっています。 ひんやりとしたトンネル内でワインを味わうことができるここ「ワイントンネル」は、地元・清道や隣接する大邱(テグ)などから夏の最高の避暑地として数多くの人々がやってくる人気の場所となっています。 清道ワイントンネルでは瓶ごとに自分だけのメッセージを書いてトンネル内で保管することができ、後日再び訪れたときに思い出に浸りながらワインを味わうこともできます。

艮峴観光地(간현관광지)
 
江原道(原州市)
* 原州市にある国民観光地・艮峴観光地 * 江原道原州市(ウォンジュシ)中心部から西に約18kmの所にある艮峴(カンヒョン)観光地は南漢江(ナマンガン/ナムハンガン)の支流である蟾江(ソムガン)と三山川(サムサンチョン)が落ち合う地点にある自然の中の観光スポットです。 川の両岸には40~50mの高さに及ぶ岩の絶壁、鬱蒼とした古木、そして深緑色の水面が調和をなし、河原には広い砂地が広がり辺り一面素晴らしい風景となっています。 また澄んだ水が流れ砂地の河原が広いことから、夏になると河原で水遊びをしに避暑に訪れる観光客でいっぱいになります。 * 艮峴観光地の楽しみ方 * 艮峴観光地の向かい側には艮峴岩など複数のロッククライミング場があります。また近くには小金山つり橋や小金山(ソグムサン)の登山路がありハイキングも可能です。

楊平郡立美術館(양평군립미술관)
 
京畿道(楊平郡)
楊平郡が設立、運営している郡立美術館です。現代美術が中心となっており、地上3階地下1階の規模の建物です。美術作品の展示館だけではなく、教育施設や会議室、図書館、セミナー室、カフェなどの施設が完備されています。現場体験を主とした空間の確保およびテーマ型の展示空間を通して楊平の文化観光を引導して美術を通した体験学習の空間になるように教育活動も積極的に行っている場所です。

太和江国家庭園 十里竹林(天の川の道)(태화강 국가정원 십리대숲 (은하수길))
 
蔚山広域市(中区)
黄河の中国文明、インダス川のインド文明、チグリス川のメソポタミア文明、ナイル川のエジプト文明。この人類四大文明発祥地すべてが大河の下流域で栄え、また二十世紀の産業化を成し遂げたところも、欧州の主要都市を流れる国際河川・ライン川、韓国の首都ソウルを流れる漢江(ハンガン)、そしてここ蔚山(ウルサン)を流れる太和江(テファガン)と、いずれも川の流域にありました。すなわち、川は人類の母なる存在であり、文化の源泉とも言える存在でした。太和江は蔚山の人々を育む限りないあたたかな母の懐のような存在であり、抒情や浪漫を人々に抱かせ、そして情恨を慰めてくれる母のような存在なのです。 太和江は蔚山の中心を縦断し流れる川で、太和閣の楼閣の下にある黄龍淵(ファンニョンヨン=別名・龍黔沼[ヨングムソ]))で大きく蛇行し、鶴城(ハクソン)や古の時代二水三山と言われた絶景の場所を経て、蔚山湾で東海(トンへ)の海に注ぎます。 東西およそ36平方キロメートル、南北およそ28平方キロメートルの流域の大部分が山地で、川の両岸や下流には肥沃な平野が広がっています。現在でも蔚山市民の重要な水源となっており、太和江は蔚山の生命を守る大切な役割を果たしています。 太和江は環境部と文化体育観光部によって「全国二十大生態観光地域」に指定されています。華麗に蔚山の空を群れをなし飛ぶミヤマガラスを生態観光として活用するプランが本格的に推進していますが、ミヤマガラスの排泄物などの鳥害により被害を受けている地元住民に配慮し、該当エリアを生態観光と連携したエコ村として造成する計画があります。 蔚山太和橋から三湖橋(サモギョ)に至る太和江の両岸には幅20mから30m・総延長4Kmの太和江十里竹林※があります。この竹林は日帝強占期に頻繁に起きた洪水で耕作地への被害が多発したことから、流域住民が氾濫防止のため砂地の河原に竹を植えたのが始まりで、その砂地の竹林が今日の十里竹林になりました。 2011年5月には太和江国家庭園草花団地がオープンし、16ヘクタールの敷地にはポピー、ヤグルマソウ、 青麦、キンケイギク、カスミソウなど7種およそ6000万本の花々が咲き乱れ、一面、花の海原のようになる場所で、単独規模としては韓国最大の水辺草花団地となっています。 [出典:蔚山観光] ※註)韓国の1里は約400m。

国立山林治療院(국립산림치유원)
 
慶尚北道(栄州市 )
慶尚北道栄州市にある国立山林治癒院は白頭大幹の豊かな山林資源を利用し、国民の健康を推進して生活の質を向上するために造られた山林福祉団地です。国立山林治癒院は山林治癒サービスを提供するだけではなく、山林治癒専門の人材の養成、山林治癒関連商品の開発および山林治癒文化の拡散などに寄与しています。山林治癒とは森林に存在する多様な環境要素を活用して人体の免疫力を高め、身体的・精神的に健康を回復させる活動を言います。 国立山林治癒院ではヒーリングの森、運動治癒、水治癒、アロマテラピーなど多様な山林治癒プログラムを運営しており、団体客を対象にしたオリジナルプログラムや青少年・妊婦など対象別のプログラムも運営しています。 このように国立山林治癒院は山林治癒に対する体系的な体験空間の役割と同時に国際的な山林治癒のハブとしての役割をする予定です。

統一安保公園(통일안보공원)
 
江原道(高城郡)
高城統一展望台へ向うため、必ず経由していかなければならない場所がここ統一安保公園です。東海大路方面駐車場の上に虎林(ホリム)遊撃戦蹟碑があります。韓国戦争(1950~53年・休戦)直前、北韓武装ゲリラの南侵を阻止し、犠牲となった虎林遊撃隊を称え建てられたものです。戦蹟碑の上段にはかがり火を高く掲げる遊撃隊員の銅像が建っており不屈の精神を物語っています。

九峰山展望台(구봉산 전망대)
 
全羅南道(光陽市 )
* 光陽湾の荘厳なパノラマ 標高473mの九峰山(クボンサン)にある展望台・九峰山展望台は、順天(スンチョン)、麗水(ヨス)、河東(ハドン)、南海(ナメ)一帯を眺めることができる素晴らしい眺望の展望台です。 同じ九峰山山頂には高さ9.4mの烽燧台(狼煙台)もあり、日の出や夕陽の名所としても脚光を浴びている場所です。 頂上の少し下のところには駐車場もあり、乗用車で山頂近くまで上ってくることが可能です。 デートコースとしても人気が高く、年を追うごとに訪れる人々が増えてきています。 九峰山展望台には光陽湾(クァンヤンマン)の辺りを一望できるよう双眼鏡が設置されており、また夜には光陽湾の素晴らしい夜景を眺められる光陽の名所として有名で、おすすめの観光スポットです。 POSCO光陽製鉄所、李舜臣(イ・スンシン)大橋、光陽港、麗水国家産業団地のライトアップが不夜城を呈し、光陽湾の夜景は訪れる人々に感動を与えます。 烽燧台と展望台の間には広場があり、初日の出の行事や野外公演、山上音楽会、結婚式など、さまざまなイベントに利用されています。 このほかにも、九峰山山頂の地形が韓国の地形と似ていることから、韓半島の海岸線を模った散策路を開設、辺り一帯にはチンダルレ(カラムラサキツツジ)やチョルチュク(クロフネツツジ)が自生するなど、周囲の自然を最大限生かした散策路となっています。 * メタルアート烽燧台 古の時代、烽燧台があった九峰山山頂(標高473m)に建っている現代的な烽燧台がこのメタルアート烽燧台。 梅の花が咲く姿を鉄でイメージしたメタルアート作品です。 烽燧台の高さ940cmの940という数字は、晞陽(ヒヤン)という地名から、現在の地名・光陽(クァンヤン)という地名に変更した940(高麗時太祖23)年にちなんだ数字となっています。 特に、メタルアート烽燧台は、ここ光陽を象徴する光・鉄・花・港湾などをテーマに、梅の花を通じて、花開こうとする花の生命力を烽火のイメージとともに象徴的に表現しています。 また、十二支や地元・光陽市にある12の邑・面・洞を表現、光の都市・鉄の都市という光陽のイメージに符合するLED照明の光と特殊鋼という鉄を用い、地元・光陽の地域的特性を最大限生かし作り上げたのがこのメタルアート烽燧台です。

公州第一教会(공주제일교회)
 
忠清南道(公州市 )
公州第一教会は、1903年米国監理教の宣教師ウィリアム・B・マックギルが設立した教会で、建物は1931年、韓国の初期の教会様式を踏襲し建てられています。 韓国戦争(1950~1953年・休戦)の時、建物のかなりの部分が破損してしまいましたが、新たに新築することなく修復することで再び教会として利用し、建設当時の姿を現代に伝えています。 特に改築当時の鐘塔の一部のタイル処理、増築時に取りつけた画家・李南圭(イ・ナムギュ)氏のステンドグラス作品、ローマ時代の地下の墓所・カタコンベを思わせる半地下の個人祈祷室などは建築学的に大変価値があり、2011年には登録文化財第472号に指定されたほどです。 公州第一教会は忠清(チュンチョン)地域の宣教拠点となり、植民地支配下の朝鮮で独立運動を支援した場所でもあり、韓国のジャンヌダルクとして有名な柳寛順(ユ・グァンスン)烈士や、独立運動家として活動し植民地支配が終わった韓国で政治家として活躍した趙炳玉(チョ・ビョンオク)博士もこの教会に通っていました。 また公州第一教会は教会本来としての役割のみならず、学校・病院・幼稚園なども併設し、近代化の先駆的役割を果たしました。

四宜斎 市場通り(사의재저잣거리)
 
全羅南道(康津郡 )
四宜斎(サウィジェ)は、朝鮮時代後期の儒学者・茶山(タサン)丁若鏞(チョン・ヤギョン)がここ康津(カンジン)に流配され、1801年冬から1805年冬まで、宿と居酒屋を兼ねた酒幕(チュマク)を営むおばあさんとその一人娘の世話になり、教育と学問研究に没頭した場所として知られています。 この四宜斎のそばには店が軒を連ねる通りがありました。 現在、この四宜斎市場通りでは、この通りならではの料理や、伝統体験プログラム、多彩な公演などを楽しむことができ、数多くの観光客が訪れる人気の観光スポットとなっています。