観光/文化一覧

大田貿易展示館
 
大田広域市(儒城区)
海外に82の貿易館を所有している大韓貿易投資公社が運営する大田貿易展示館は、既存の展示場が抱える問題点を解消し、さらに世界各国のKOTRA NETWORKにより多くの海外バイヤーたちを誘致することができます。また、徹底したサービスおよび、国内外の最新情報を提供することをもって、国内の展示事業のグローバル化に大きく貢献しています。

ソウル市立美術館 慶熙宮分館
 
ソウル(鍾路区)
ソウル市立美術館慶熙宮分館は、ソウル市立美術館の分館として2003年7月に開館しました。慶熙宮の遺跡に位置するソウル定都600年記念館を展示空間として整え、広い庭と史跡地が集まっている空間の中で、多くの美術団体による多様な展示が開かれます。地上2階建てで2つの展示室、事務室で構成されており、流動的でダイナミックな感じを与える曲がりくねった内部構成と円形の廊下など独特な展示空間が目を引きます。慶熙宮分館は貸館展示が主に行われています。

吉祥寺(ソウル)(길상사
 
ソウル(城北区)
ソウル特別市城北洞に位置する吉祥寺は、元々金英韓という女性が岩山の合間の渓谷で清らかな水が流れる梨畑を買い入れて、青岩荘という韓国料理屋を営んでいた場所でした。そこは後に他の人物によって第三共和国時代の国内3大料亭の一つであった大苑閣になりました。金漢英は年老いて法頂和尚の『無所有』を読み感銘を受け、和尚との親見を得ると生涯の高く美しい回向を想い、当時で時価1000億ウォンを超える大苑閣を布施としてほどこしたいと、敷地を寺にするように願い出ました。その後10年にわたって布施を遠慮し続けた和尚に受け入れを繰り返し求め、1995年にその想いを成し遂げ1997年12月14日、大苑閣は吉祥寺になりました。

鍾路・清渓観光特区
 
ソウル(鍾路区)
清渓川と鍾路通りの間にある瑞麟(ソリン)洞から昌信(チャンシン)洞までの約3.4kmの細長い地域である清渓観光特区は、貫鉄(クァンチョル)洞の青春通り、広蔵市場、世運商店街、照明商店街、薬局・医療機器商店街、記章商店街、印章通り、文具・玩具市場、水族館通り、靴商店街など、約1万4,000店舗の商店が密集しているところです。 鍾路・清渓観光特区の付近には、様々な高層ビルとともに朝鮮時代の宮殿である景福宮・昌徳宮・昌慶宮・徳寿宮・雲峴宮があり、現代と伝統が共存しています。 ソウル市の心臓部といえる清渓川辺りには、マスコミや官公署、書店などが集まっており、ソウルの文化をもっとも近くで感じることができます。また、清渓川沿いの散歩コースは観光客に人気があります。

漢江市民公園 クァンナルプール
 
ソウル(江東区)
漢江公園には汝矣島漢江公園など6つの公園にプールがあります。プールは一般野外プールの半額ほどで安価で徹底した水質管理で安心して利用できます。利用者のために水泳用品や簡単な飲み物なども販売する売店など付帯施設もそろっています。*位置-オリンピック大橋からナムサ水源地の間

良才市民の森
 
ソウル(瑞草区)
1986年ソウルアジア競技大会と1988年のオリンピックのためにソウル市の関門である良才トルゲート周辺に作られた公園で、様々な種類の森があり、(松、ケヤキ、カエデ、栃の木など43種94,800株)森が好きなカップルが出会いの場所としても利用されています。現在都心ではめったに見られない鬱蒼とした樹林帯が常にあり、特に秋には柿、花梨など果物がなり、豊かな自然を満喫できます。また野外結婚式場やバスケコート、バレーボールコート、テニスコートなどのスポーツ施設などがあります。

重明殿
 
ソウル(中区)
徳寿宮の石垣の道に沿って後ろにまわると、現在の貞洞劇場があり、その路地に入ると重明殿があります。重明殿はロシアの建築家であるSeredin Sabatinの設計により、1897年から1901年にかけ建てられた皇室図書館です。地上2階、地下1階の西洋式の建物で、初めは漱玉軒(スオクホン)と呼ばれました。1904年徳寿宮が火災に遭った後、重明殿は朝鮮王朝第26第王の高宗皇帝の執務室である便殿(王が普段起居する宮殿)兼、外国使節の謁見室として使用され、後に乙巳条約(第二次韓日協約)が締結された悲運の歴史現場です。もともと重明殿は徳寿宮の宮殿内にあった建物でしたが、徳寿殿と重明殿の間に石垣の道ができたことで徳寿宮一帯から除外されました。重明殿は韓国の近代建築の初期の風貌そのままで、1925年に起きた火災で外壁のみを残し内部はほとんど焼失し、その原形をとどめていません。解放(1945年8月15日、韓国が日本帝国の強制占領から脱した日)以降、何度にも渡り建物の用途や所有主が変わりましたが、2006年9月文化財庁に所有権が渡り、2007年2月史跡第124号の徳寿宮に含まれ史跡として追加指定されました。

ソウル文廟と成均館
 
ソウル(鍾路区)
文廟は儒教を集大成した孔子をはじめ、昔の聖賢たちの位牌を祭って祭祀をした位牌堂であり、国立の最高教育機関とも言われています。中国が唐の時代、孔子が文宣王に追封されたことにより文宣王廟と呼ばれましたが、元代以降現在の文廟となりました。明倫堂の前には天然記念物第59号のイチョウの木があり、春、秋には孔子をはじめ聖賢の祭祀をおこなっています。

龍淵
 
済州道(済州市 )
龍淵は河川の下流知育の海水と淡水が混ざるところで、昔龍王の使者が出入りしたという伝説があります。池の両側に8つの岩壁が屏風のように立っている狭い渓谷で、瀛洲12景の一つです。ここは龍淵夜帆とも呼ばれます。龍淵夜帆とは風流客が夜間に船を浮かべ、奇岩絶壁の澄んだ水にうつる月が美しい言ったことからこう言います。 また、ここは夜景の美しいところとして、夜間にドライブを楽しむ人も多くいます。

駱山公園
 
ソウル(鍾路区)
駱山は、ソウルの観相を成していた内四山(南山、仁王山、北漢山、駱山)のうちの1つで、風水地理上、主山である北漢山の左青龍に該当する山です。このように、貴重な自然環境と文化遺産を持つ駱山ですが、日帝強占期を経て現在に至るまでにその大部分を破壊・喪失し、特に60年代以降は、近代化の過程で無分別な都市計画によりアパートや住宅が建てられ、歴史的遺物としての諸機能を失ってしまいました。 そこで、ソウル市は公園緑地拡充5ヶ年計画の一環で、駱山を近隣公園として指定し、周辺の緑地との融合を目指し、駱山の本来の姿と歴史性を復元する事業を推進しました。