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宮殿・歴史スポット

宮殿・歴史スポットは、景福宮などの朝鮮王朝の宮殿や城郭、史跡など、韓国の歴史にふれられる場所です。宮殿では季節ごとに夜間公開が行われることもあります。

全羅南道(潭陽郡 ) · 宮殿

瀟灑園

瀟灑園(ソセウォン)は韓国の伝統様式が息づく朝鮮時代の代表的な民間庭園。梁山甫(1503-1557)が、恩師である趙光祖(1482-1519)の死を期に、出世を捨てて造った庭園で、静かな竹林の中に「安貧楽道」の風流を楽しんだ先人の情緒があふ…

全羅南道(順天市 ) · 宮殿

順天楽安邑城

順天楽安邑城(スンチョン・ナガンウプソン)は、朝鮮時代の城と東軒、客舎、林慶業将軍碑閣、市場、草葺屋根の家などが原形そのままに保存されており、城と村が一緒に国内最初の史跡第302号に指定されました。朝鮮 太祖6年(1397年)に倭寇が侵入し…

全羅北道(茂朱郡 ) · 宮殿

茂朱 赤裳山城(무주 적상산성)

茂朱郡赤裳面にある赤裳山(1,034m)は、四方が層岩絶壁で囲まれています。この山の上の安国寺があった場所に茂朱揚水発電所所の上部貯水池である赤裳湖が建設されましたが、この湖の周りに長さ8,143メートルの赤裳山城があります。 高麗時代、契…

全羅北道(高敞郡 ) · 宮殿

高敞邑城

高敞邑城は1453年に百姓たちが造った城として城の中には朝鮮時代(1392~1910)の官衙を復元した建物があります。大昔、韓国の伝統の城郭を見ることができるばかりではなく周辺を散策しながら美しい自然景観を観賞することができます。

全羅北道(高敞郡 ) · 宮殿

高敞申在孝古宅

パンソリの集大成、国文学史に関して優れた功績を残した桐里申在孝(1812~1884)の古宅です。パンソリ博物館のすぐ後ろにあり、裏庭は桐里国楽団(桐里は申在孝の号)と牟陽城(倭寇の侵入に備え、1453年に建てられた自然石の城郭。別名高敞邑城…

全羅北道(茂朱郡 ) · 宮殿

徳川書院

徳川書院は燕山君(1476-1506)の時代に戊午士禍(政治的迫害事件)で犠牲になった金馹孫を主壁とし、金馹孫の子孫である金致三、金ヒョンが祭られています。金宗直の弟子である金馹孫は師匠に似て正直な性格でした。 1498年に高宗実録を編纂し…

全羅北道(茂朱郡 ) · 宮殿

茂朱寒風楼

「茂朱寒風楼」は楼閣として、昔有名だった詩人達が集まり風流をたしなんだ場所です。 1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で焼失しましたが、1599年に再び建てられました。日帝強占期から仏教を広める地として使われ、永同郡陽山の川辺に移され錦湖…

全羅北道(益山市 ) · 宮殿

笠店里古墳

史跡第347号に指定されている笠店里古墳(イプジョムニゴブン)は、全羅北道益山市熊浦面笠店里チルモク峠の丘陵に位置する百済時代の古墳群です。全部で8基の墓があり、1号墳は石室墳で、これ以外は破損のひどい状態で発見されました。出土品には土器類…

全羅北道(益山市 ) · 宮殿

古都里石仏立像

宝物第46号に指定されている古都里石仏立像(コドリソップルイプサン)は、約200mの距離を置いて2体の石像が向かい合っています。それぞれ高さ424㎝で、台形の石柱に顔や手などが描かれています。この仏像には説話があり、陰暦12月になると年に一…

全羅北道(益山市 ) · 宮殿

益山双陵

益山双陵(イクサンサンヌン)は全羅北道益山市に位置する墓で、史跡第87号に指定されています。2基の墓が南北に約150mの間を空けて位置しており、双陵と呼ばれています。規模が大きく、北側にある陵は「末通大王陵」または「大王墓」と呼ばれており、…

全羅北道(群山市 ) · 宮殿

李永春家屋(이영춘가옥)

日帝強占期に群山で大規模農場を経営していた日本人の大地主、熊本利平が建てた別荘で、一年で春と秋に農場を訪れた際に一時的に使用していました。西洋式、日本式など様々な建築様式が折衷されて建てられたのが特徴で、終戦後、韓国農村保健衛生の先駆者であ…

全羅北道(群山市 ) · 宮殿

旧 群山税関(湖南関税展示館)(옛 군산세관(호남관세전시관))

大韓帝国(1908年)に作られ、当時の話によるとフランス人またはドイツ人が設計し、ベルギーから赤レンガと建築資材を輸入して建築されたと言われています。群山税関は多くの付属の建物がありますが、現在はすべて壊されて本館のみが残っています。国内に…