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モンゴルウランバートル文化振興院は日ごろ馴染みの少ないモンゴルを韓国社会により詳しく紹介するため、韓国・モンゴル両国の首都であるソウル市とウランバートル市の支援を受けて2001年に設立された文化院です。 2001年に設立されて以来、毎年、在韓モンゴル人のためのナーダム祭りが行なわ…
延南洞(ヨンナムドン)工房通りは、ソウル・麻浦(マポ)の若手アーティストが活動する工房やセレクトショップなどが軒を連ねているところで、京義線(キョンイソン)森の道公園の延南洞区間そばにできた文化の香りが漂う通りです。 小さな路地に入るとかわいい小物を扱うお店や壁画なども描かれ、若…
城楽園(ソンナグォン)は、元々、朝鮮王朝第25代の王・哲宗(チョルジョン=在位:1849~1863年)の時代、文官の人事などを行政機関の長・吏曹判書(イジョパンソ)を務めた沈相応(シム・サンウン)の別荘として使われ、その後、朝鮮王朝末期の王族・義親王(ウィチナン)・李堈(イ・ガン…
ソウル植物園は世界12都市の植物と植物文化を紹介し、都市における自然と生態に対する向き合い方を高めるためソウルに残る最後の開発地域・麻谷(マゴク)地域に造成されました。ソウル植物園は植物園と公園があるいわば「ボタニックパーク」で、その面積はサッカー場70面分の広さに及びます。 絶…
※ 2019~2020 韓国観光100選 ※ 慶熙宮(キョンヒグン)興化門(フンファムン)は朝鮮時代の光海君8(1616)年に建立された慶熙宮の正門です。 慶熙宮は建立当初、慶徳宮(キョンドックン)と呼ばれ、景福宮(キョンボックン)を北闕(プックォル=北の王宮の意)、昌徳宮(チャ…
ソウル地下鉄6号線・緑莎坪(ノクサピョン=龍山区庁)駅は、2019年3月ソウル特別市の公共美術プロジェクトにより、芸術と自然が織りなす文化スペースとして新たに生まれ変わりました。 緑莎坪駅は、地下5階のプラットフォームに降りた瞬間から地上に上っていくまでの間、様々なアート作品を鑑…
駱山(ナクサン)の麓にある採石場と呼ばれる一帯は、日帝強占期(1910~1945年)朝鮮総督府や旧ソウル駅などを建設する際に石材を切り出した場所でした。 韓国戦争(1950~1953年・休戦)以降、ここに人々が引っ越しはじめ、また戦争避難民も住み始めたことから、次第に街が形成され…
大韓民国臨時政府ソウル連通府(聯通府)跡は、1919年、中国・上海に樹立された大韓民国臨時政府が国内と連絡を取り、国内行政を担当するため秘密裏に組織された大韓民国臨時政府直轄のソウル連通部(ヨントンブ)があった場所です。 現在はソウル特別市中区(チュング)巡和洞(スナドン)にある…
3.1独立運動記念塔は日本帝国主義の残酷な植民統治から祖国と民族の独立のため展開した3.1独立運動の崇高な精神を継承・発展させ、広く国民の護国愛国精神を高揚させることも目的に、全同胞の善意を集めソウル特別市中区(チュング)奨忠洞(チャンチュンドン)南山公園(ナムサンコンウォン)に…
弘智門(ホンジムン)と蕩春台城(タンチュンデソン)は、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)及び丙子胡乱の後、都を守る目的で、囲むように築かれた城郭・ソウル漢陽都城(ハニャントソン)と、その北方の山中にある北漢山城(プカンサンソン)をつなぐため築かれた建造物です。 1719(粛…
忘憂里(マンウリ)公園は、東亜日報1933年2月2日付記事「弥阿里(ミアリ)共同墓地がしばらくして満杯となることに備えて、京畿道(キョンギド)忘憂里の林野およそ70万坪を京城府の共同墓地として決定した」、同1935年10月24日付記事「梨泰院(イテウォン)の共同墓地を宅地化するた…
崇政殿(スンジョンジョン)は元々、慶熙宮(キョンヒグン)の正殿であった建物です。 慶熙宮は元来、朝鮮時代の第16代の王・仁祖(インジョ・1595~1649年)の実父で第14代の王・元宗(ウォンジョン・1580~1619年)の私邸であった場所でした。 崇政殿は、1910年日帝が慶熙…