観光/文化一覧

韓国大衆音楽博物館(慶州)(한국대중음악박물관(경주))
 
慶尚北道(慶州市 )
慶州の普門団地内にある韓国大衆音楽博物館は大韓民国で最初の有性音盤から現在までの音盤を常設および企画展示してある場所で政府から公認された第1種専門博物館です。各階330坪規模で全3階立ての建物です。映画OST特別館、韓国最初のダンス歌手イ・グムヒショーケースパネル、子ども館、韓国大衆音楽100大名盤館、LP制作過程のパネル展示、再生機に関するパネル展示、K-POP100年史の主要音盤と関連した各種企画展示が行われています。 K-POP100年史の他にも1920年代の無声および有声映画時代に使用していたウェスタンエレクトロニック16A、ウェスタンエレクトロニックミロフォニックシステムなど世界最高の貴重な音響システムも常設展示してあります。K-POPとオーディオ100年史を展示物とした大韓民国大衆音楽の宝庫としての役割をするために多様なプログラムも運営されています。 開館日:2015年4月25日

木浦大橋(목포대교)
 
全羅南道(木浦市 )
2012年に完工した木浦大橋(モッポテギョ)は、全長4,129m、幅35m~50mの往復4車線の車道があり、木浦北港と高下島(コハド)を結ぶ橋梁です。 夕方になると飛翔する鶴の翼のように美しい木浦大橋と夕陽があいまり、素晴らしい風景となります。 木浦大橋は、木浦市内を走る国道1号線の自動車専用の橋梁で、木浦市内の陸地側・竹橋洞(チュットドン)と儒達洞(ユダルドン)、高下島、そして今では高下島と陸続きとなっている許沙島(ホサド)を結び、木浦新外港や西海岸高速道路とつながる木浦の交通の要所です。 主塔と斜張橋のケーブルの形は、木浦の市鳥となっている鶴が二匹、木浦の海に飛んで行く姿を形状化したものです。

インドン化石博物館(인동화석박물관)
 
慶尚北道(金泉市 )
慶尚北道、金泉に2010年6月19日にオープンした東洋最大規模の化石博物館である「インドン化石博物館」は、室内外の展示室に隕石、花、果物、動物、木、貝などの化石だけでなく、今まで見ることすらできなかった最大化石やさまざまな化石、柱状節理(主に溶岩が固まってできた化石で断面が長い六角形または三角形で長い柱の形をしているもの)他にも水中生態館、モンゴル体験館、貴重な寿石や庭園石など多様な見どころがあります。 化石は、インドネシア、マレーシア、中国、ブラジルなどを始め世界各国で発掘されたもので、その中に600トンにおよぶ柱状節理や長さ55mの木の化石が展示され、地域の観光名所となることが期待されています。 この「インドン化石博物館」は、野外展示場もあり化石を単純に目で楽しむだけでなく、実際に触って体験できるようになっています。またすべての建築物は、木材を使用しているため自然にやさしく観覧客が気軽に過ごせるように配慮され、池をはさんだ庭園の横にはお茶を飲みながら話ができるスペースが用意され、さらに良い環境になっています。

三陟 濬慶墓(삼척 준경묘)
 
江原道(三陟市)
「濬慶墓(チュンギョンミョ)」は、三陟市 未老面 活耆里にある朝鮮1代目王の太祖の5代祖の墓で、陽茂将軍の墓として1899年に永慶墓と共に修築され祭閣と碑閣が建てられました。特に、周辺には青々とした松林が広がっており、森林浴を楽しむのにも最適で、近くには観光農園もあります。毎年4月20日には全州李氏の一族により祭祀が執り行われます。

達城公園(달성공원)
 
全羅南道(木浦市 )
儒達山に位置している公園、達城公園 木浦市は韓国で最南端の港湾都市で儒達山と湖南の沃地を横断して流れた栄山江、そして絵画のような多島海が調和をなす地域です。儒達山は霊魂が通り過ぎる所だとされ霊達山とも呼ばれました。儒達山のすそにある達城公園は先祖達の霊が宿り風流のある自然と芸術が共に調和をなした憩いの場で、頂上への登山、多島海から市街地を展望することができる公園です。近隣には儒達寺という古いお寺があります。大韓仏教曹渓宗大屯寺の末寺で本来、大原寺と言われていました。お寺の創建については朝鮮末期の創建説及び1913年の創建説などがありますが、1913年4月初八日(釈迦の誕生日である陰暦4月8日)に大屯寺にあった盧大蓮禅師がこの場所に来て創建したという説が有力です。   達城公園が位置する儒達山について 儒達山は面積140ヘクタール、高さ228.3mでさほど高くはありませんが、蘆嶺山脈の一番最後の峰であり多島海につながる西南端の地の果ての山です。儒達山は昔から霊魂が通り過ぎる場所とされていて霊達山とも呼ばれており、都心の中に高くそびえ立つ木浦市と多島海を一目で見下ろすことができるこの場所は人々の霊魂を絶えず呼び覚ましていると言われています。儒達山には待鶴棲、達城閣、儒仙閣など5箇所の亭子があり、山の麓には歌手イ・ナンヨンが歌った「木浦の涙」の記念碑などがあります。  

巨済観光モノレール(거제 관광모노레일)
 
慶尚南道(巨濟市 )
巨済観光モノレールは、ただ単に見る観光から楽しむ観光へと脱皮し、モノレールに乗って車窓から他では味わえない巨済(コジェ)の素晴らしい風景を楽しめる最先端オールシーズン型の観光モノレールです。巨済の美しさや韓国戦争(1950~53年・休戦)の歴史の舞台となったここ巨済島捕虜収容所跡地の姿を実感できるのがこの巨済観光モノレールです。

忘憂里市民公園(망우리 시민공원)
 
ソウル(中浪区)
忘憂里(マンウリ)公園は、東亜日報1933年2月2日付記事「弥阿里(ミアリ)共同墓地がしばらくして満杯となることに備えて、京畿道(キョンギド)忘憂里の林野およそ70万坪を京城府の共同墓地として決定した」、同1935年10月24日付記事「梨泰院(イテウォン)の共同墓地を宅地化するため、37,000基あまりのうち縁故者がある墓は忘憂里に移葬し、無縁故の墓は新寺里(シンサリ)で火葬することとした」という当時の新聞記事からも分かるように、忘憂里の忘憂山を1933年から現在のソウル市の共同墓地として利用したのがその始まりです。 その40年後の1973年3月25日には、およそ28,500基の墓で一杯となり、墓を増やすことは禁じられ、改葬や埋葬された遺骨を整理した結果、2018年12月現在で7,425基まで減り、今後も墓の数は減少していくものとみられます。 ちょうどこの改葬を行った時期に、韓国を代表する著名な独立運動家・島山(トサン)安昌浩(アン・チャンホ)、 植民地時代に東亜日報社長を務め教育家・政治家などとしても活躍した古下(コハ)宋鎮禹(ソン・ジヌ)、国楽の名唱・林芳蔚(イム・パンウル)、愛国志士・趙鐘完(チョ・ジョンワン)、独立運動家・朴賛翊(パク・チャニク)、文学評論家・白大鎮(ペク・テジン)などの墓も改葬され、国立墓地や市立公園墓地に埋葬されました。 1992年2月にはここに眠っていた児童文学者・方定煥(パン・ジョンファン)、言論人・呉世昌(オ・セチャン)、僧侶で詩人の韓龍雲(ハン・ヨンウン)、独立運動家で政治家の曺奉岩(チョ・ボンアム)、医師で国語学者の池錫永(チ・ソギョン)、独立運動家・文明煊(ムン・ミョンフォン)、言論人で政治家としても活躍した張徳秀(チャン・ドクス)など7人の年譜碑を地元・中浪区(チュンナング)により散策路を中心に建立、続いて1998年2月には、詩人・朴寅煥(パク・イナン)、学者・言論人の文一平(ムン・イルピョン)、教育者・徐丙浩(ソ・ビョンホ)、独立運動家・徐東日(ソ・ドンイル)、独立運動家・呉哉泳(オ・ジェヨン)、独立運動家・徐光朝(ソ・グァンジョ)、独立運動家の劉相奎(ユ・サンギュ)、医師で独立運動家の呉兢善(オ・グンソン)など8人の年譜碑が追加で5.2Kmの散策路に建てられました。 これまで忘憂里市民公園には、3.1独立運動を主導した万海(マンへ)韓龍雲などをはじめとした17人の著名人が埋葬されている墓地として知られていましたが、各マスコミの人名録や独立有功者功勲録を中心にソウル市施設管理公団葬墓文化センターの故人検索を元に、墓をひとつひとつ実際に確認し、17人以外にも小説家・桂鎔黙(ケ・ヨンムク)をはじめ10人の著名人が埋葬されていることが新たに分かりました。 <出典:ソウル市中浪区庁>

東北空心墩(동북공심돈)
 
京畿道(水原市)
京畿道(キョンギド)水原市(スウォンシ)八達区(パルダルグ)梅香洞(メヒャンドン)にある蒼龍門(チャンニョンムン)のそばに建つ東北空心墩(トンブクコンシムドン)は、非常時に備え城郭周囲の敵の動きを監視するため造られた望楼で、水原華城の城郭で最初に登場した楼閣です。 1796(正祖20)年、高さ5.42m、周囲38mの規模で完成した東北空心墩でしたが、韓国戦争(1950~1953年・休戦)中に完全に破壊され、1975年になりようやく復元されました。 水原華城には東北空心墩以外にも西北空心墩、南空心墩という楼閣もあります。東北空心墩は軍事的な要衝地であるばりでなく、水原華城にある建築物のうち、唯一円形をしており、希少性が高いものとなっています。 巨大な丸い円の形で、内部には韓国語でソラ、日本語で言えばサザエの殻のような形となった螺旋状になった煉瓦造りの階段があり最上部まで上がることができます。その形から別名・ソラ閣、つまりサザエ閣とも言われています。 最上階まで上がると水原華城全体が大変よく眺められます。

又松芸術会館(우송예술회관)
 
大田広域市(東区)
* 韓国中部圏最大の舞台をもつ又松芸術会館 *又松(ウソン)芸術会館は学校法人又松学園傘下の各学校及び学生の健全な文化芸術創作活動の支援、そして地域社会の文化芸術振興に寄与する目的で1992年10月15日開館しました。大田広域市東区紫陽洞(チャヤンドン)大学キャンパスタウンにある又松芸術会館は大学生らの情緒教育や地域社会の文化発展に貢献し、大田文化芸術の中核として牽引することを目標に、1・2・3階席と分かれた中部圏最大の舞台があります。このような舞台施設を基盤に又松芸術会館は多彩な企画公演や貸館業務を主に行っています。 * 開かれた空間としての又松芸術会館*又松芸術会館はどなたでも利用できる開かれた空間で、特定の人々に限定された芸術公演の場ではありません。人気歌手のコンサートをはじめ、映画、演劇、人形劇、サーカス、マジック、舞踊、招へい共同演奏会など多目的公演場としての機能を持ち合わせ、さまざまなジャンルの舞台を開催できるプロセニアム・ステージと最高の音響システムを兼ね備えてた施設です。

古版画博物館(고판화박물관)
 
江原道(原州市)
* 韓国国内唯一の木版画展示館、古版画博物館 * 江原道(カンウォンド)原州市(ウォンジュシ)神林面(シンリムミョン)黄屯里(ファンドゥンニ)にある韓国でひとつしかない、全世界の古の時代の木版画を展示する専門博物館・古版画博物館。 2004年にオープンした古版画博物館は、韓国・中国・日本・チベット・モンゴル・インド・ネパールなど版画が発展した東洋各国の古版画関連資料を収集・所蔵・展示し、研究・教育を行っています。 所蔵品には木版原板1800点をはじめ、版画で刷られた木版画作品およそ300点、木版で刷られた書籍およそ200点、木版関連資料およそ200点など、すべてでおよそ3500点の所蔵品があります。 また古版画博物館では常設版画体験館を設置、目で見るだけでは物足りない方向けの芸術体験教育を行う場所としてもご利用頂けます。 このような試みが評価され、2005年からは文化観光部で実施している社会芸術教育プログラム実施機関に選定されました。