観光/文化一覧

ムルレキル(春川)
 
江原道(春川市)
春川ムルレキルでは景色の美しい湖や川でカヌー、ヨットなどの水上レジャーが体験できます。

道詵寺
 
ソウル(江北区)
護国懺悔の本山「道詵寺(トソンサ)」は、1,100年以上も前の新羅末、かの有名な和尚「道詵国師」が名山勝地を旅した際に、山の形が絶妙で、風景が清く秀で、千年後の末世不犯は、この地から起こるとし、建設されたお寺です。朝鮮王朝光武7年に光武皇帝から正式に国家祈願寺に指定されたこともある道詵寺ですが、今日に至ってもその威容を誇っているのは、曹渓宗(そうけいしゅう)の総務院長、宗会議長、長老院長などを歴任した韓国仏教浄化維新運動の総帥「青潭和尚」の大願業力によるもの。実践と禅修行、生活の中の仏教を宗風とした青潭和尚の護国懺悔思想が、その意思を受け継いだ弟子とともに発展し、曹渓宗の総本山として大きく飛躍しました。 境内に入ると、護国懺悔の文言が目を引きます。この建物の青潭記念館には青潭和尚の遺物や仙筆を見ることができます。千仏殿に登る道にある蓮池には参拝客らが小銭を投げ、祈祷を捧げたりもします。冥府殿には和尚の生前、親睦の深かった故・朴正熙大統領や故・陸英修女史、故・鄭周永現代グループ会長の遺影が奉安されており、冥府殿の前庭には200年程前にインドから渡ってきたとされる菩提樹が植えられています。

大田近代史展示館
 
大田広域市(中区)
韓国の代表的な近代文化遺産である旧忠清道庁舎の本館(登録文化財18号)には、大田近代史展示館(2013年10月1日開館)及び、旧忠清道庁舎執務室があり、20世紀のはじめ頃から最近までの約100年間の大田の歴史と、大田発展の歴史に関する展示が行われています。道庁舎内には大田市が運営する様々な企画展示室があり、歴史はもちろん、建築、デザイン、民俗など、多様な分野の特別展の他に、近代文化遺産である旧忠清道庁舎本館を活用した道庁舎ツアーや音楽会など、多彩な教育・文化プログラムが行われる複合文化空間です。 * 指定状況:大田 忠清南道庁 旧本館(2002年5月31日指定) * 映画「弁護人」撮影地

鳳山文化通り
 
大邱広域市(中区)
鳳山文化通りは大邱を代表する文化芸術の通りです。鳳山洞の大邱学院から鳳山ユッコリに渡って広がるこの通りには、大小20余りのギャラリーが並んでいます。ギャラリーが何店舗か集まっている路地が文化芸術の通りとして変貌し始めたのは1991年のことです。日に日に増える大邱市民の文化的欲求を受け入れる空間としてこのギャラリー通りが選定されました。その後、この通りは道路が整備されてアンティーク様式の街路灯と花壇が続いています。鳳山文化会館、青少年文化の家が建てられ、訪れる人も美術の専門家から一般市民へと、その幅を次第に広げていきました。鳳山文化通りは1年中、作品展が開催されていて、鳳山美術祭が開かれる10月になると通りは祭りの雰囲気に包まれます。 

江陵 船橋莊
 
江原道(江陵市)
船橋荘は江原道地域で最もきれいに残されている品位ある上流階級の家屋です。江陵市から鏡浦方面に4km程離れたところにある船橋荘は朝鮮時代の上流階級の邸宅を代表する場所として重要民俗資料第5号に指定されました。船橋荘という名前は、鏡浦湖が現在よりも広かった時代、出入りするのに船を利用していたためこの地域を船橋の村(船橋里)と呼んでいたことに由来しています。船橋荘は朝鮮後期、孝寧大君の子孫であるイ・ネボン(李乃蕃/1703-1781)がイタチの群れを追いかけて偶然見つけた土地に建てた邸宅で、彼の子孫が現在も住んでいます。総建坪1,051.24㎡(318坪)で長いヘンナン(伝統的な屋敷で表門の両側にある、仕える者が居住する部屋)に囲まれた母屋や離れ、東別堂という家族が集まる部屋や祖先を祀る部屋などがそのまま残っています。門の外には数百坪の蓮池の上に造られた活來亭という東屋があり、また庭園までも備えています。船橋荘は建物だけでなく朝鮮後期の住居生活や生活用具を研究する際の貴重な資料になっており、周辺の景観とうまく調和しています。船橋荘の離れは「悦話堂」と呼ばれ李朝建国の歴史を記した「龍飛御天歌」という歌や高麗史など数千冊の本や絵が収められています。*母屋イ・ネボンによって1700年前建立された建物で、船橋荘の建物の中で最も庶民的な性格をもっており居間の向かいには広い板の間があり台所が居間と隣りあっています。*悦話堂(ヨルヮダン)主人専用の離れとして1815年に建てられ、悦話堂という名前は中国の詩人である陶淵明の悅親戚之情話という作品からとって名づけたと言われています。悦話堂は3段の石の上に建てられた楼閣形式の建物で、非常に風情のある姿を見せています。* 東別堂(トンビョルダン)母屋に連結し主人専用に建てられたㄱ字型の建物です。東側に2つ、西側に1つのオンドル部屋をつくり前には広い板の間が、後ろと東側には小さな縁側があります。*活來亭(ファルレジョン)船橋荘の庭園内にある人工池の上に建てられた東屋で1816年、悦話堂の次に建てられました。活來亭という名前は朱子の詩(觀書有感)中の「爲有頭源活水來」からとったと言われています。石柱で支えられ蓮池の上に浮いているように造られた活來亭は、楼閣形式をとりㄱ字型をしています。活來亭は側面全体が4枚続きの格子窓になっており部屋と板の間をつなぐ廊下の隣には客をもてなすための茶室もあります。*その他母屋と悦話堂の間にある書斎兼書庫として使われていた西別堂(ソビョルダン)は、一度焼失しましたが1996年に復元されました。建物の前にはヘンナンがあり、また横は元々倉庫でしたが開化期になって西洋から入ってきた新しい学問を教えていた東進学校跡があります。

済州彫刻公園
 
済州道(西帰浦市)
1987年10月にオープンした済州彫刻公園(キョンジュチョガッコンウォン)は、済州原始林の中に造成された彫刻公園です。公園は約13万坪の大地の上に造成された総合芸術センターで、160点の彫刻作品が展示されています。済州彫刻公園は正門と入口から済州独特の香りを感じ取ることができるように、樹齢70年になる夏みかんの木を植えた風情のある景色です。特に公園の正門入口には彫刻公園の象徴である三角タワーが立っており、眺める位置や天候によりガラスにうつる姿が違って見えます。ここでは自然と芸術の出会い、そして人間との出会いを主題とした160点の彫刻作品が展示されています。公園内には展望台があり、ここからは山房山、漢拏山、そして国土最南端の馬羅島まで一目で見ることが出来ます。

雪岳山探訪案内所
 
江原道(束草市)
雪岳山(ソラクサン)国立公園・探訪案内所(タンバンアンネソ)は、2006年3月24日に文化と情報を提供する場としてオープンしました。映像室、テーマ別展示室、電子訪問記録、ゲームコーナーなどでは、雪岳山の動植物を始めとする生態系全般にわたる理解と保護の重要性について説明しています。

百済園
 
忠清南道(扶余郡 )
「百済園(ペクチェウォン)」は小規模ながらも、植物を特性に合わせて集約するとともに芸術作品とした扶余で唯一の植物園と、植物・農業資料、扶余に関する資料、近代生活史資料、映画関連資料、音楽関連資料など、百済時代から近現代に至るまでの各種資料や文化遺産を展示した扶余生活史博物館を有し、歴史観光と文化体験を楽しむことができる複合文化空間です。

金寧蛇窟[ユネスコ世界自然遺産]
 
済州道(済州市 )
金寧蛇窟(キムニョンサグル)は済州島北東側26km地点にある万丈(マンジャン)窟付近に位置しています。洞窟の内部形態が蛇のような形をしていることから「蛇窟(サグル)」とも呼ばれていますが、入り口は蛇の頭部のように大きく開いている一方、深く中に入っていくほど蛇の形体のようにだんだん細くなっており、神秘的な雰囲気を醸し出しています。金寧蛇窟は万丈(マンジャン)窟とともに天然記念物第98号に指定され、保護されています。

フード&カルチャーコリア食文化体験
 
ソウル(鍾路区)
フード&カルチャーコリアでは2002年から外国人の食文化体験を始め、外国人が好む韓食を体系的かつ簡単で楽しい調理方法で教えています。全てのジャンルの韓食を学べるという点が最大の長所で、10年間に渡り外国人の食文化体験を運営してきたことで得たフード&カルチャーコリアだけのノウハウで、楽しく韓食について学ぶことができます。