観光/文化一覧

皇龍寺址
 
慶尚北道(慶州市 )
皇龍寺址(ファンヨンサジ)は慶州市九黄(クファン)洞に位置しており、芬皇寺の前に広がる広大な敷地に残されている遺跡です。ここは新羅最大の寺院であり、護国の大寺刹として古新羅の仏教文化の精髄が見られる由緒深い寺刹址です。善徳女王がこの地に塔を建ててから23年後、新羅は三国統一し、このことから多くの人々が「新羅の三国統一はこの塔の霊験である」と歴史書に記録しています。かつて新羅三宝と呼ばれる宝物のうちの2つである金堂三尊丈六像、九層木塔が皇龍寺に所蔵されており、また新羅最大の鐘も置かれていましたが、蒙古軍の侵攻によって失ってしまいました。皇龍寺は慈蔵や元曉などの新羅時代の最高の高僧たちが説法を説いた場所で、真興、真平、善徳、憲康、真聖女王などの帝王たちが自ら彼らの説法を聞くために訪れました。1969年7月にこの地を発掘調査した際、金堂、講堂、塔地が発掘されたことをはじめとし、1976年3月から8年間に渡る発掘作業により独特の配置を持つ一塔三金堂式だったことが明らかになり、4万点余りの遺物が出土しました。この際、建物の基礎となる土台をはじめとする下部構造は確認されましたが、建物の上部家具材は正確に考証することができないため、建物全体の復元には至っておらず、土台部分だけが復元されました。発掘された遺跡地から現れた寺院の総面積は8,800坪に至り、これは仏国寺の約8倍の広さに相当します。現在、皇龍寺址は史跡第6号に指定されています。

ソウル風納洞土城
 
ソウル(松坡区)
「風納洞土城(プンナプトントソン)」は百済初期の土築城郭です。元々は周囲4キロメートルに達する大規模な土城でしたが、1925年の洪水で南西側の一部が遺失し、現在は約2.7キロメートルが残っています。土城の形態は南北に長く伸びた楕円形で東側に4ヶ所、門と思われる跡が残っています。風納里式無文土器・新羅式土器・網につける錘・糸車・紡錘車・瓦など先史時代から三国時代に至る遺物が出土したことから百済以前から人が住んでいたことがわかります。城の性格については都城である慰礼城とするものと防御城とする二つの見解があり今後も研究・調査が必要です。百済初期の重要な城として当時の姿を知ることができ、夢村土城や石村洞古墳群と関連して歴史的にも非常に価値のある遺跡です。

広寒楼苑
 
全羅北道(南原市 )
1638年に再建された朝鮮を代表する楼閣です。広寒楼は、朝鮮時代初期である1419年に南原に島流しにあった名宰相黃喜によって建てられた建物です。当時の名前は広通楼でした。1434年に修復が行われましたが、鄭麟趾が広寒清虚府と称した後、広寒楼と呼ばれるようになりました。広寒清虚府は、月の宮の玉皇上帝が住む宮殿を意味します。密陽の嶺南楼、晋州の矗石楼、平壌の浮碧楼と共に、韓国4大楼閣に入ります。広寒楼は、正面5間、側面4間の八作屋根の建物で、宝物第281号に指定されています。広寒楼を含め、池、方丈亭、瀛洲閣などが調和した庭園である広寒楼苑は名勝弟33号にも指定されています。

北岳山 粛靖門
 
ソウル(城北区)
太祖5年(1396)に創建された粛靖門(スッチョンムン)は南大門(ナムデムン)、東大門(トンデムン)、西大門(ソデムン)と共に韓国の4大門のうちのひとつで、北門とも呼ばれる門。ソウル北部に位置したこの門は、景福宮(キョンボックン)を中心に右側の彰義門(紫霞門)と共に両羽に該当します。そのため人々が歩いて通るとその支脈が崩れ、国が危機に陥るという理由で太宗13年(1413)に松を植え通行が禁じられていました。その後、粛靖門は散歩道として利用されていましたが、1968年の北韓(北朝鮮) 武装共産軍事件で一般人の接近が禁止されました。しかし2007年4月、ソウルの城郭・北岳山(プガクサン)の全面開放計画により粛靖門が開放されることになり、3つのコースで粛靖門への探訪が行われています。北岳山は長い間出入りが統制されていたため自然がよく保存されており、山に登ればソウル全景のすばらしい眺めが楽しめます。

Dream Forest
 
ソウル(江北区)
「北ソウル夢の森」は昔から「オドン近隣公園」と呼ばれていた所で、ソウル江北区樊洞に位置しています。昔のドリームランド(90万平方メートル)の敷地に、2009年10月から新しく改装した北ソウル夢の森は、ワールドカップ競技場(276万平方メートル)、オリンピック公園(145万平方メートル)、ソウルの森(120万平方メートル)に次いで4番目に大きな公園であり、江北地域に初めて作られた大型緑地公園です。主な公園施設は月影池、芝生広場、ウォルガン瀑布、エウォルジョン(亭)、七瀑池(七つの人工滝の下流)、イベント庭園、子供専用美術館、野生草花園、鹿の牧場、探訪路、森の休憩所、水の遊び場などで構成されています。特に伝統の建物である(昌寧尉宮斎舎、登録文化財第40号)を円形に復元し、周辺は池と共に亭子、滝など生態的な造形空間を造成し、伝統的な景観の趣を加えています。雪ぞり場として使われていた傾斜地は独特な外観の展望台、公演展示場、ブックカフェ、ギャラリーを備えた北ソウルアートセンターとレストラン、ジャンピング噴水、子供の遊び場などを備えた最先端文化空間として造成されました。ドラマ「アイリス」の撮影地でもある夢の森展望台では北側に北漢山、道峰山、水落山の絶景を観賞することができます。また、南側の南山タワーと漢江も見渡せます。アパートと道路に囲まれている公園の境界付近は、近隣地域の住民のために文化展示、休憩空間、森の中の体力鍛錬場、バドミントンコート、散歩道などを造成しました。

金海ロッテウォーターパーク
 
慶尚南道(金海市 )
25年の歴史を持つロッテワールドが運営する国内最大級のウォーターパーク。 南太平洋のポリネシアをコンセプトに作られたパーク内では、今までのテーマパークとは違う休日を過ごせるでしょう。

釜山 岩南公園
 
釜山広域市(西区)
562,500㎡の敷地を持つ岩南公園(アムナムコンウォン)は海洋性樹木と海岸絶壁と青い海のコントラストが美しい公園。軍事保護区域に指定され出入り禁止でしたが、1996年に開放され昔そのままの自然を楽しむことができます。 公園内には釣り場や展望台、散策路、陸橋などがありますが、松島海水浴場から海岸線に沿って続くドライブコースも人気があります。

錬武台
 
京畿道(水原市)
ユネスコ世界文化遺産「水原華城」の中には錬武台(東将台)があります。錬武台は華城の東門である「蒼龍門」と北側の守門である「華虹門」の間の高い丘にあり、四方が開けており、華城の東側から城の中を見回すのによい軍事要地となっています。1796年に水原の華城が完工された後、錬武台は兵士たちの訓練場でした。刀と槍、弓を扱う空間として200年を超す評判高い場所です。錬武台はまた、水原市シティツアーのコースでもあります。錬武台で伝統衣装を着て伝統武芸であり昔の文化である弓道を体験でき、さまざまな韓国の文化祭りに接する機会を提供しています。また、錬武台は社稷公園の黄鶴亭や南山の石虎亭、全州の穿楊亭とともに、由緒ある場所として知られています。

オーウェン記念閣
 
光州広域市(南区)
基督病院看護専門大学内にあるオーウェン記念閣は、ペ・ユジ(E.Bell)牧師と共に全羅南道最初の宣教師としてやって来て、光州で殉教したオーウェン宣教師を記念し、彼のアメリカの親戚らが送った基金4,200ドルをもとに1914年に建てられた延べ面積434㎡の洋式の家屋です。建物の形態から、礼拝堂および集会室として使用されていたであろうと考えられますが、現在は基督病院看護専門大学の講堂として使用されています。オーウェンは1900年代に光州へやって来た楊林洞西洋村の外国人のうちの1人で、看護士である婦人と共に宣教および医療奉仕活動に献身し、過労により1909年に亡くなりました。オーウェンは生前、彼の祖父を記念した病院を建てようとしましたが、その前に宣教活動を急ぐべきであると判断し、まず祖父の記念閣を建てる計画を立てました。しかし、その計画が推進される前に亡くなりました。このため、オーウェン記念閣には彼の祖父WILLIAM Lの名前も刻まれており、「IN MEMORY OF WILLIAM L. AND CLEMENT C.OWEN. 吳基冕乃其 祖事兼之紀念閣」と英文と漢文で刻まれています。[文化財情報]指定番号:光州有形文化財第26号指定年度:1998年5月7日所蔵学校法人:光州基督病院教育財団時代:1910年代分類:楼閣面積:434㎡