観光/文化一覧

エコランドテーマパーク
 
済州道(済州市 )
エコランドテーマパークは1800年代の蒸気機関車であるボールドウィン機種をモデルにし、英国で手作りで制作されたリンカーン汽車に乗り、30万坪のコッチャワル原始林を体験できるテーマパークです。30万坪のコッチャワルの敷地には線路が敷かれ、湖も作られており、自然生態体験や散歩やピクニックも楽しむことができます。英国に特別注文し制作した赤い汽車は全部で5台が運行しており、汽車旅行を楽しむ間、神秘の森コッチャワルに生息する昆虫や動物、そしてさまざまな植物に出会うことができます。エコブリッジ、ホバークラフト、エコ風車、ピクニックガーデン、キッズタウン、エコロード、火山灰裸足体験、水上カフェ、トピアリーなど、見て、体験して楽しめます。

智異山トゥルレキルトレッキング
 
全羅北道(南原市 )
智異山の生態系保全運動や智異山圏の住民と共に代案運動を繰り広げてきた「智異山生命連帯」が2007年に設立した「社団法人森の道」は、智異山の麓の村々を繋ぐ道を保存する活動を続けてきました。智異山トゥルレキルは智異山を囲む3道(全羅北道、全羅南道、慶尚南道)、5市郡(南原、求禮、河東、山清、咸陽)、16町村80ヶ所を繋ぐ300km余りの長距離コースです。各種資源調査や整備などを経て、2011年に完成しました。 

議政府プデチゲ通り
 
京畿道(議政府市)
議政府名物「プデチゲ」のお店がずらりと並ぶ「議政府プデチゲ通り(ウィジョンブプデチゲゴリ)」。議政府式プデチゲはハム、ソーセージ、牛ひき肉、キムチ、コチュジャン、野菜などとともにヤンニョム(薬味)を入れて煮込むのが特徴です。

石門
 
忠清北道(丹陽郡 )
嶋潭三峰から上流に200mほど行くと左側の川辺に虹の形をした石柱が見えますが、それが石門です。石門は丹陽八景の第2景です。石門の左側に石窟があり、石窟の中には仙人が耕したといわれる美田があります。この美田の伝説は天からやってきてかんざしを失くしてしまった仙女がかんざしを探そうと土を手で掘ったものが99の農地になり、周辺の景色が天よりも美しいこの場所で生涯、農業を営みながら暮らしたとされ、広い農地を仙人たちが耕したことから「仙人美田」と呼ばれたと言われています。

新世洞七層塼塔
 
慶尚北道(安東市 )
新世洞七層塼塔(シンセドン・チルチュンジョンタブ)韓国最大最古の塼塔で国宝第16号に指定されている、高さ16,8m、幅7,75mの塔です。この塔がある場所の名が法興里であることから、8世紀統一新羅時代(AD654-935)の法興寺の塔であると思われますが、この塔のほかには寺の遺物は何も残っておりません。現在はかつての法興寺跡と思われるところに固城李氏塔洞派の宗宅(本家)があります。塔の相輪部分は失われていますが、塔の下部には仏教の守護神たちが優麗に刻まれています。各層の屋根の上には瓦が使われていた痕跡があります。安東の歴史書である永嘉誌(1608年完成)には1487年に修理が行われた際、法興寺が小規模ながらも存在していたことが書かれています。新世洞(シンセドン)七層塼塔は固城李氏塔洞派の宗宅と安東臨清閣正枕君子亭の近くにあるので、3箇所を一度に見るのがよいでしょう。バスやタクシーを利用して法興地下道前で降り、地下道を渡るとすぐ左に国宝新世洞七層塼塔が見えます。塔の前には固城李氏塔洞派の宗宅があり、宗宅に向かって左側の道を3分ほど歩くと安東臨清閣正枕君子亭です。

南楊州総合撮影所
 
京畿道(南楊州市)
京畿道にある「南楊州総合撮影所(ナミャンジュ・ジョンハプチャリョンソ)」は、様々な野外セットやスタジオ、映画館などがある映画村。ここで撮影された映画のうち、日本でも話題となった「共同警備区域JSA」や、朝鮮時代の画家・張承業の生き様を描いた「酔画仙」などの野外セットが見られるほか、映画の誕生からその発達の様子を見ることのできる「映画文化館」を始め、映画に関する各種展示物があり、映画の全てを見て体験することができます。特に映画の撮影技術を直接体験できる「映画体験館」と、有名映画が撮影されたセットは人気があります。韓国映画の人気が高まるにつれ、年々訪れる外国人観光客も増えています。

和順クムモレ海岸
 
済州道(西帰浦市)
砂浜長さ250メートル、幅80メートル、傾斜5度、99,174平方メートル(約30,000坪)の黒い砂が敷き詰められ、水深の平均は1.2メートルです。周辺に山房山や龍頭海岸がある他、南西側近海には兄弟島、馬羅島、加波島が見える自然景観が非常に美しい海水浴場です。安徳面にあるためアクセスも便利で、宿泊、売店、レストランなどの施設が充実しています。

サーフィービーチ、サーフィン(襄陽)
 
江原道(襄陽郡)
「エアロマスターフライトクラブ」は韓国で最も多くの飛行機を持っています。 パイロットトレーニングから飛行機の乗り物、航空写真、イベントまで、AeroMasterはさまざまなサービスを提供しています。 京畿道華城市と全羅南道「潭陽」には合計2つの飛行場があります。 賃貸料 飛行機乗車コースA(15分):平日85,000ウォン/週末100,000ウォン 飛行機乗車コースB(30分):平日17万ウォン/週末20万ウォン プログラム活動 *飛行機に乗る コースA-潭陽ツアー(15分):メタセコイアが並ぶ道路-グァンバンジェリムの森-チョンノグォン竹園-潭陽山-潭陽湖 コースB-潭陽+淳昌または内蔵山ツアー(30分):Bコースにはパイロットと一緒に飛行機を飛ばすチャンスが含まれています-事前の通知が必要です 予約 オンラインまたは電話経由

水原駅
 
京畿道(水原市)
水原駅は1905年1月1日一般汽車駅として開通し、1975年12月31日に鉄道駅舎に竣工されました。1996年1月1日水仁線の営業を中止し狭軌駅舎を閉鎖、2003年2月新たに民間資本の駅舎を竣工しました。現在水原駅にはソウルメトロ1号線と京釜線セマウル号、ムグンファ号、そして2010年11月1日から京釜線路で大田まで運行するKTXが停車しています。

東莱邑城址(동래읍성지)
 
釜山広域市(東莱区)
東莱邑城址(トンネウプソンジ)は、東将台(トンジャンデ)がある忠烈祠(チュンニョルサ)の裏山から馬安山(マアンサン)を通り、西将台がある東莱郷校の裏山までの丘陵地や現在の東莱(トンネ)市街地中心の平坦な地域を一部含む典型的な平山城の形式で築城した城郭址です。東莱邑城は山城や平地の利点の双方を持つ、代表的な邑城でした。 高麗時代末期から朝鮮時代初期に築き上げられたものとみられる東莱邑城は、1592(宣祖25)年の壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の際、この地域を治める東莱府使・宋象賢(ソン・サンヒョン)公をはじめとする軍・官・民あらゆる人々が渾然一体となり倭軍に立ち向かい、壮烈な戦いが繰り広げられた壬辰倭乱初期最大の激戦地でした。 壬辰倭乱以降放置されていた東莱邑城でしたが、1731(英祖7)年、東莱府使の鄭彦燮(チョン・オンソプ)が国の要である東莱の重要性を鑑み、壬辰倭乱当時の邑城よりもさらに大規模な邑城を築きました。この時築城した邑城が現在までその痕跡を残している東莱邑城です。 東莱邑城には東門、西門、南門、北門、人生門、そして暗門があり、それぞれの門には門楼もあります。 東門には志喜楼(チヒル)、西門には心成楼(シムソンヌ)、南門には無憂楼(ムウル)、暗門には隠一楼(ウニルル)と言われる楼閣があります。 また重要な門楼であった南門には翼城(イクソン)を設け、前面に洗兵門(セビョンムン)、後方に朱鳥門(チュジョムン)を置く二重構造となっているほか、西門・暗門・北門には敵からの攻撃から守るため城門の前方に半円形の城郭を設けた甕城(ウンソン)の形式となっていました。ほかにも東莱邑城には、城内の高台に設けた建物で将帥が敵の動きを監視したり兵を指揮する為の指揮台・将台(チャンデ)、望楼(マンヌ)及び15の堡楼(ポル)などもありました。 日帝強占期(1910~1945年)になると、市街地計画という名目で西門から南門にいたる平地にあった城郭が撤去されたほか、南門から東門に至る城郭のあった場所にも民家が建てられ、結果、馬安山を中心とする山地にのみ城郭の姿がわずかに残るだけとなりました。 2000年代以降、東莱邑城内の敷地で行われた様々な工事の際の発掘調査により、壬辰倭乱当時の城郭の痕跡(朝鮮時代前期の邑城)や壬辰倭乱以降築かれた平地に築城された城郭の痕跡、そして朝鮮時代末期に修築された城郭を確認することができました。 これら発掘調査により、東莱邑城全体の正確な範囲、規模などが分かり、東莱邑城研究に多大な貢献をもたらしました。 釜山広域市では現存する城跡を中心に、毀損あるいは放置されたままとなっている城郭については発掘調査とともに補修・復元を今度とも推進する予定です。 <出典:釜山文化観光>